第百五十九話 創造の伍:三野で迎える朝
朝日に伸びる影が。
三野の広場に並べられた石の上を、
長く走っていた。
山あいの朝は、
まだ、少し肌寒い。
竪穴から立ちのぼる炊事の煙が、
白く薄く、澄んだ空へ溶けていく。
そんな朝の光景は、
名張の環濠となにも変わらなかった。
「……にぃに、あれ」
出立の荷を抱えたイミコが、
三野の広場の中央を指差した。
空へ伸びる一本の柱。
その周囲には、
陽の巡りを示す石が置かれている。
三野の日時計。
「なばりのと、おんなじ」
「うん」
名張と同じ時を数えられるよう、
以前、三野臣に頼んでいたものだ。
「みのも、おんなじとき?」
「三野だけじゃないよ、
今頃は三輪にも同じものがあるはず」
「わぁ……」
イミコが柱の影を目で追い、
嬉しそうに笑う。
名張、三野、三輪。
それぞれの離れた土地で、
同じ日の、同じ時を数え始めていた。
――――――――――
「準備はできたか?」
三野臣黒犬の声が、
背後から飛んできた。
広場には、
俺と、イミコ。
タケ、ハヤトと猟犬のクロ。
そして、伊賀の案内役である、
カゲハが揃っていた。
水を入れた土器に、干した食べもの。
山を歩くために必要なものだけを、
それぞれ背負っている。
「わしは、しばらく三野に残ることにする」
シラガが、杖の先を地面へつく。
「青山には行かないんですか?」
「うむ」
シラガは白い髭を撫でながら、
北の山へ目を向けた。
朝日に照らされた尾根が、
遠く重なっている。
「敵か味方かも分からぬところへ、
環濠を預かる者までが出向くのは、
あまりに危ういと思うてな」
「たしかに」
連絡役ではなく、
環濠の臣が直接来たとなれば。
相手に「臣を捕らえる」という選択肢を、
与えることになる。
そういった迂闊な動きは、
むしろ、自らが争いを生みだすともいえる。
「わしは、こちらで三野臣と話を済ませたら、
その足で名張へ戻るとしよう」
「分かりました」
「その時にイミコ様も、
わしと一緒に名張へ戻られてはどうじゃ?」
「え?」
「ここから先は、危ないやもしれぬ」
イミコが。
ゆっくりと俺を見上げた。
ほんの一瞬、大きな瞳が揺れる。
けれど。
その小さな手は、
迷わず、俺の袖を掴んでいた。
「……わたし、にぃにと、いく」
「危ないかもしれないよ?」
「うん」
袖を掴む指に、ぎゅっと力がこもる。
「でも、にぃにといっしょがいい」
「まあ、そう言うと思うたがのう……」
シラガが、
困ったように髭を撫でた。
俺はしゃがみ。
袖を握るイミコの手へ、
自分の手を重ねる。
「俺から離れないでね」
「うんっ」
イミコが、大きく頷いた。
「本来なら、三野からも、
何人か付けるところなのだが……」
「今は出せねえよな」
タケが、すぐに察する。
「見ての通りだ……」
三野臣は小さく息を吐いた。
「三野から兵は出せぬから、
波多の力を、頼りにしているぞ」
三野臣は、カゲハへ言葉を投げかけた。
「俺は道を案内するだけだが、
ナトリ様の名に恥じぬように努めよう」
カゲハは淡々と答えながらも、
肩へ掛けた荷の紐を、ぐっと締め直した。
「みな、あとは頼んだぞ」
「任せろ」
タケは短く答えると、
北に続く門へ、足を向ける。
――――――――――
ハヤトとクロ。
タケ。
そして、カゲハ。
「にぃに、いこっ」
イミコが、俺の手を握る。
「ああ」
ぞくぞくと朝の門を抜ける、
皆の背を追いかけて。
俺たちも、三野の環濠を後にする。
門の外には、三野の北に繋がる、
深い山々が広がっていた。
まだ見ぬ青山へ向かって、
俺たちは踏み出した。




