第百五十七話 創造の参:道の先に立つもの
ざっ、ざっ――
乾いた土を踏みしめる音が、
秋の山間へ続く。
名張から三野へと伸びる道は、
以前より、ずっと歩きやすくなっていた。
「涼しくなってきましたね」
俺は歩きながらまわりに声を掛ける。
イミコに、シラガとタケ。
ハヤトに傍らを歩く猟犬のクロ。
「道も、ずいぶんと整ってきたのう」
道の両脇には、
刈られた草の跡が残り。
ところどころに覗く木の根も、
人の足に踏まれて丸くなっていた。
「こんにちは」
前から来る数人の行商の者たちへ、
すれ違いざまに、イミコが手を振った。
「おお、火の巫女様だ」
行商の男たちは大きな籠を背負いながら、
笑って頭を下げる。
そのまま、俺たちとすれ違って、
名張へ向かっていった。
そのさらに道の先々にも。
荷を背負った人影が、
ぽつり、ぽつりと見えている。
「みんな、なばりにいくの?」
「もうすぐ市庭だからね」
「あ、そっか」
イミコが振りかえる。
遠ざかる行商へ、
もう一度、小さく手を振った。
道を埋め尽くすような大勢ではない。
それでも、名張へと向かう人の流れが、
着実に育っていた。
――――――――――
「知らせのほうも、
二巡、無事に続いたのう」
シラガが、
白い髭を撫でながら言う。
「三輪も、三野も、
無事に返事が戻ってきましたね」
「……で、その知らせで、
今度は俺たちが呼ばれたわけか」
「そうですね」
タケの言葉に、俺は頷いてみせた。
三野臣から届いたのは――
伊賀の者と、道について話をしたい。
そのことで三野へ来てほしい。
そういうものだった。
「伊賀、か……」
以前、行商のナギトから、
一枚岩ではないとは聞いている。
けれど、それ以上のことを知らない。
「皆さんは伊賀について、なにか知ってますか?」
「わしも詳しくは知らぬ」
「俺もだ」
タケが、山の向こうへ目を細める。
「山の狩りでもそうだが……、
わからねえ相手ほど気をつけたほうがいい」
そんな話をしながら道を歩いていると。
やがて。
木々の向こうから、
さらさらと水音が聞こえてきた。
名張川。
以前までは歩いて渡った川だが。
荷を運ぶとなれば話は別だ。
岸には、三野が用意した、
ちいさな渡し舟が浮かんでいた。
「ふね!」
イミコが、ぱっと駆け寄った。
「ほら、クロ」
ハヤトが縄を引く。
「くぅん……」
クロは流れる水を覗き込み。
ぴたりと、足を止めた。
「クロ、こわいの?」
先に舟へ乗ったイミコが、
くすくすと笑う。
「だいじょうぶだよ」
ハヤトに促され。
クロも、渋々、舟へ足を乗せる。
ぎし、と。
小さく舟板が鳴る。
ゆっくりと船が岸を離れると、
名張への道が遠ざかり。
川の向こう岸にある、
三野へ繋がる道が近づいてくる。
小さな渡し船が、
川に途切れた二つの道を繋いでくれた。
川を渡り。
しばらく三野の道を進むと、
不意に、クロの耳が、ぴんっと立った。
「……なんだっ」
ハヤトが、腰の弓に手をまわす。
「あ、名張の方たちですか」
姿を現したのは、
槍を持った数人の男たち。
男たちは、俺たちを見るなり、
槍先を地面へ向ける。
「三野臣より話は聞いております、
環濠まで、ご案内します」
先頭の男が、丁寧に頭をさげた。
「この辺りを見回ってるんですか?」
「はい、道を行き来する者も増えましたので」
三野が、道を守るために動き始めていた。
――――――――――
三野の兵たちの後ろに続き、
道を歩いていると。
「若いのう」
シラガが、相手に届かぬ声で呟いた。
「ああ」
タケも、前を行く兵の足運びを見ている。
「槍の持ち方は悪くねえが……」
声をさらに落とす。
「だが、タカヒコについていった兵の穴が、
まだ埋まってねえな」
「波多から人を回しても、これか……」
「なるほど、たしかに」
言われてみれば。
前を歩く者たちの頬には、
まだ若さが残っている。
「皆さん、ずいぶん見てるんですね」
「……今は味方だが」
タケは、こちらを見ようともせずに答える。
「だからって、何人残ってるか、
それらを見なくていい理由にはならねえ」
「友として付き合うからこそ、じゃな」
シラガの細い目も、
若い兵たちの背から離れなかった。
「見えてきました」
三野の若兵の声に、
俺は、視線を前にむける。
木々の向こうに、
三野の本環濠を囲む堀が見える。
その柵の手前に――
「あれ?」
兵たちが、
ずらりと並んでいた。
道で会ったような若者だけではない。
年嵩の男たちも、
槍を手に肩を並べていた。
タケの視線が、
ゆっくりと端から端へ動く。
シラガは、
何も言わなかった。
そして、その列の前に。
三野臣黒犬が雄々しく立っていた。
「よく来てくれた」
「お招きいただき、
ありがとうございます」
名張の長であるシラガが、
深く頭を下げた。
それに、那婆理の長であるタケも続く。
「知らせのほうも、うまく動いているようだな」
「そのようですな」
シラガが小さく頷く。
その背後で並んだ兵たちは、
微動だにしない。
道中、シラガとタケは、
ずっと三野の兵を見ていた。
けれど。
三野臣の考えも同じらしい。
「にぃに」
イミコが、俺の袖を小さく引く。
「みんなで、むかえにきてくれたね」
イミコが嬉しそうに笑っている。
その向こうに並んだ槍の穂先が、
秋の日をきらりと返していた。
甘かったのは。
俺と、イミコだけだったらしい。




