第百五十一話 秋の陸:数の札
「ひ、ふ、み、よ、いつ、
む、なな、や、ここ、とお……」
イミコが、小さな指を一本ずつ折っていく。
「じょうず、じょうず」
「えへへ……」
ここは、名張の本環濠の外にある、
新しくできた竪穴のひとつ。
元野盗だった者たちの力もあり、
ここ数日で、環濠の堀も伸びている。
さらには竪穴の数も増えていた。
――――――――――
「にぃに……これ、なあに?」
イミコが竪穴の壁を指す。
竪穴の屋根を支える一本の横木。
そこに、左から順に文字が刻まれていた。
一、二、三、四――
その下には、同じ文字を刻んだ木札が、
二枚ずつ掛けてある。
「この左から、ひ、ふ、み、よ……なんだよ」
「……これが、ひ?」
イミコは「一」と書かれた木札を指さした。
それから、指が、ひとつずつ横へ動く。
「ふ……み……よ……」
こうした数え方は、
この時代にも、すでにある。
けれど。
その音に、形を与えることは別だった。
「……これは、もじ?」
「文字は文字なんだけど、
別に読めなくてもいいんだ」
俺は「三」と書かれた木札を、
二枚外して、イミコの前へ並べた。
「この二枚は同じにみえる?」
「……ん、おんなじ」
「それが分かれば十分だよ」
「なるほどのう」
振り返ると、竪穴の入口に、
シラガが立っていた。
「今度の市庭から、この木札を、
荷を預かる時に使おうと思ってます」
俺は、一枚を麻袋へ結び、
もう一枚をシラガの手元に渡す。
「同じ札を持つ者へ、
その荷を返すというわけじゃな」
シラガは、その二つを見比べ、
ゆっくり頷いた。
「そのとおりで」
これで荷の取違いを減らせるだろう。
紛失にも気付くのが早くなる。
ただ、これだけでは、
盗難や、誤魔化しなどの、
悪意までを防ぐことはできない。
そこらへんは竪穴の管理する者に、
判断をしてもらうしかない。
「そして、使い終わった札は、
こちらに戻します」
俺は、二枚の札を、
竪穴の壁の横木に掛けなおした。
札と対応する「三」と刻んだ場所に。
一、二、三、四――
「順まで揃える必要があるのか?」
「はい、そのほうが、
足りない札もすぐ分かりますから」
「なるほどのう」
シラガが、
並んだ木札を端から眺める。
* * *
まずは、ただの模様。
同じ形だと見て分かればいい。
市庭のたびに札を使い、
終われば、また同じ場所へ戻す。
それを繰り返すだけで。
一の次は、二。
十の次は、十一。
その並びそのものが、
皆の身体に馴染んでいくだろう。
人を数える。
荷を数える。
穀を数える。
そうして身に着いたものが、
大きな意味となっていくのだと思う。
* * *
「……にぃに」
「ん?」
「とおの、あとは?」
イミコが「十」の隣を指していた。
「とお、あまり、ひとつ」
「……とお、あまり、ひとつ?」
「その次が……とお、あまり、ふたつ……」
「へぇ……ふしぎ……」
イミコは「十一」の刻みをなぞり、
そのまま「十二」へ指を移しながら見つめていた。
荷を示すための模様が。
ゆっくりと名張の環濠に馴染んでいく。
――――――――――
「ところで、イミナ殿」
シラガが、その木札を眺めたまま、
不意に口をひらいた。
「市庭について、ひとつ、
相談したいことがありましてな――」




