第百五十話 秋の伍:★野盗のイバラ:悪くない
◇【野盗のイバラ】視点◇ (※前話と同時刻)
ざくっ。
ざくっ――
「……くそっ」
鍬を振り下ろす。
湿った土が、木の先へまとわりつく。
朝から、ずっとこれだ。
掘って。
土を運んで。
また掘る。
鍬を握り直すたび。
擦れた手のひらが、じくりと痛ぇ。
「なんなんだよ、この重さは……」
鍬の先端部にはりついた土を、
すぐ横の籠へ放り込み。
また、同じ場所へ鍬を突き立てる。
「おい、そっちじゃねえぞ」
「あぁ?」
土を入れた籠を抱えると、
名張の男が声を飛ばしてきやがった。
「そっちへ積んだら邪魔になるだろ、
こっちの足元だよ」
「分かってるよ!」
「分かってねえから言ってんだ」
「うっせえな……」
籠を握る指へ、
思わず、力が入る。
それでも。
言われた場所へ、
重てえ籠を運んでいく。
「そうそう、そこだ」
「最初から言えってんだよ」
確かに。
こっちへ積んだほうが、
邪魔にはならねえ。
「ちっ……」
だからって。
礼なんざ、
言ってやらねえけどな。
――――――――――
「つ、つかれた……」
少し離れたところから、
聞き慣れた情けねえ声がした。
ノギだ。
大きな木材の端へ座り込み、
肩で息をしていやがる。
「すこし、木を運んでただけだろ」
「そうは言っても、重くて……」
三輪の男が、
ノギへ、声を掛ける。
「だったら、次は濠を掘るか?」
「えぇ……それは無理ぃ……」
周りから、
小さな笑い声が上がる。
ちくしょう、舐めやがって。
重たそうに木を持ち上げようとする、
ノギの方に、一歩踏み込む。
だが。
「ほら持っていくぞ」
俺が声をかける前に、
三輪の男が、木の反対側を持ち上げる。
「あ、ありがとう……」
二人は、そのまま、木を運んでいった。
「…………」
昔なら。
知らねえ奴に声を掛けられりゃ、
まず、オレ様のほうに視線をむけていた。
それが、今じゃ……。
三輪の男と並んで木を運んでやがる。
「……まあ、いいけどよ」
遠ざかる背中を見ているうちに。
噛みしめていた奥歯から力が抜ける。
野盗だった頃なら。
こんな朝から晩まで、
土を掘る必要なんざなかった。
けど。
腹を空かせることも。
眠りながら、
仲間の裏切りを気にすることもあった。
それが、今では。
夜になりゃ、
倒れるみてえに眠ってる。
「イバラ! 手ぇ、止まってるぞ!」
「分かってるよ!」
……くそ。
今は、今で、
働かされてばっかりじゃねえか。
鍬を握り直す。
ざくっ。
足元には。
朝にはなかった濠の段差。
今日掘ったぶんが、
明日に、ちゃんと残っていく。
「……ふん」
だからって楽しいわけじゃねえ。
こんなの、ただの土掘りだ。
――――――――――
「…………っ…………っ」
少し離れたところで。
名張の坊主が、
イワホコと話していた。
「結局、あれから、
誰も逃げてないんですね」
「ああ、全員いるな」
そんな言葉だけが耳に入ってきた。
「…………」
逃げる――
それを考えなかったわけじゃねえ。
顔を上げてみると、
見渡す限りに名張の山が見える。
昔なら迷わず逃げ込んでいた。
だけど。
逃げて、どこへ行く?
また山で腹を空かせながら、
道を通る奴を襲って。
奪って、追われる。
また、あの、なんの意味もない、
繰り返しの日々に戻るのか。
それにくらべりゃ……。
まだ、オレ様の足元には浅い濠しかなく、
毎日帰る竪穴は借物だ。
でも、これを完成させりゃ――
「逃げたりするもんか」
おもわず声が出てしまった。
こんな童に、なにか言ったところで、
なにが変わるわけでもないのに。
「聞こえてたんですか」
「そりゃ、聞こえるってんだよ」
オレ様は、泥のついた鍬を肩へ担ぐ。
この数日。
まわりからの言葉が、
うんざりするほど聞こえてくるんだ。
「せっかく、ここまで掘ったんだ」
足元へ続く濠を見る。
「途中で放り出すなんて、
気持ち悪いだろ」
「よし、その心意気だ」
イワホコが、
でけえ声を上げた。
「それじゃ、今日は、もうひと作業だ!」
「へいへい……」
「ぐぇ、まだ掘るのかよ……」
あちこちから文句が聞こえてくる。
だが、誰もが動き始めていた。
オレ様も、鍬を握りなおす。
ふと振り返れば。
昨日よりも、また少し、
濠は伸びていた。
「…………」
まあ。
悪くは――
「イバラ」
「あぁ?」
振り返ると。
ノギが、すぐ横に立っていた。
「なんだよ」
「いや……」
「だから、なんだってんだよ」
「その……」
オレ様の顔を、じっと見てやがる。
「なんだよ、気持ち悪ぃな」
「ち、違うよ」
「さっさと言え」
「今日の、イバラさ……」
ノギは、
少しだけ困ったように笑った。
「あ?」
「ずっと文句、言ってるよな」
はあ――?
「当たり前だろ!」
擦れて赤くなった手を、
ノギへ突き出す。
「朝から土掘って!
手ぇ痛えし、腰も痛え!」
「名張の奴らも、三輪の奴らも、
好き勝手に指図してきやがる!」
一旦、荒い息を吐きだす。
「なんだってんだよ、こんな苦労……」
「でも……」
ノギは、オレ様の悪態なんざ気にせず。
昔と変わらねえ、
穏やかな微笑みを浮かべていた。
「イバラ、良い顔になってるから」
「…………」
不意に――
握っていた鍬の柄が、
手の中で少し下がる。
「……うっせえ」
すんでの所で鍬を握りなおすと、
なんとか、それだけを口にした。
「ほら、ノギ、この木も運ぶぞ!」
「あっ、いま行く!」
ノギは、木を運ぶ連中のほうへ、
ふらふらになりながらも走っていった。
――――――――――
「…………」
良い顔。
オレ様が――?
泥まみれで。
汗まみれで。
朝からずっと、
土ばかり掘らされて。
それなのに――
泥のついた指で、
自分の頬を、ざらりとなぞる。
そうか。
オレ様は。
笑っていたのか――




