第百四十四話 道の拾弐:感謝の贈りもの
「ここが、しばらくみなさんの竪穴です」
「お、おぉ……」
野盗の者たちが、
薄暗い竪穴を見まわしていく。
「これは、すげぇ……」
炉には灰が残り。
土壁には、薄く、
煙の匂いが染みついている。
それでも野盗の寝床の惨状よりは、
比べるまでもないだろう。
「次の市庭までには、
ここを空けてもらいますので」
「……そのあとは、どうしろと?」
「作ってください」
「は?」
「環濠づくりにむけて、
まずは、自分たちが寝泊まりするための、
新しい竪穴作りからですね」
「そ、そうか……そうだな……」
イバラは竪穴の屋根を見上げた。
「食事はこちらで用意します。
役は明日からです」
そして、俺は、後ろに控える、
名張の男衆へ目を向けた。
「皆さんの縄を外してください」
「いいのか?」
隣で、タケが呟いた。
「役を終えるまでは、
勝手に名張を離れることも認めません」
縄が、次々と解かれていく。
イバラは、自由になった手首を、
何度も擦っていた。
「それでは、明日からよろしくお願いします」
それだけ言い残して、
十人の野盗を竪穴に残し、
俺たちは、本環濠へ向かった。
――――――――――
「おい、あれでは逃げるぞ」
少し歩いたところで、
タケが後ろの竪穴に振りかえる。
「ハヤトと、犬たちを見張りにつけるか?」
「必要ありません」
「だがな……」
「十人を逃がさないために、
こちらから何人も見張りへ出したら」
「何のために、あの人たちを
働かせているのか分かりません」
「本当に逃げた時は、
どうするつもりじゃ?」
シラガが、ゆっくりと、
髭を撫でながら聞いてきた。
「逃げる意味はないと思いますが、
それでも逃げたいなら……」
すこし、うしろを振りかえり。
「最悪、逃げても構いません」
「構わんのか?」
「ただし、役を果たさず逃げた者は、
二度と環濠へ戻しません……」
つまり、これから用意する、
名張の働き口を失うことになる。
それほどの覚悟を持って、
どうしても逃げ出すというなら――
「次に見かけた時は、容赦しません」
タケの歩みが、
ほんの一瞬だけ遅れた。
シラガも、
髭を撫でていた手を止める。
「そうか」
それ以上。
二人は、何も言わなかった。
――――――――――
名張の空は、西のほうから、
すこしずつ赤みを帯び始めていた。
まだ、夕焼けと呼ぶには早い。
傾いた陽に照らされ。
本環濠へ続く橋から伸びる影が、
すこしずつ長くなっている。
橋の前では。
荷を締める縄が軋み。
背負籠が、がさがさと触れ合っていた。
三野の男衆。
それに、三野へ向かう行商たち。
皆、すでに出立の支度を終えていた。
「もう行かれるのですね」
「ああ……」
肩へ掛けた縄を締め直してから、
三野臣黒犬は空を見上げる。
「日が落ちるまでには、
三野の環濠へ着いておきたいからな」
「お気をつけて」
「うむ」
「イミナさん」
そこへ、行商のアラトが、
大きな荷を抱えてやってきた。
すこし離れたところには、
妻と娘もいる。
娘は、まだ母親の衣を握ったまま。
少しだけ身を隠してから、ぺこりと頭を下げた。
「出る前に、渡しておきたいものがあってな」
「俺にですか?」
「……いや、名張の環濠にだな」
アラトは妻と、娘に視線を向ける。
「すべては名張の皆のおかげだから、
名張への礼として、どうか受け取ってくれ」
「そういうことでしたら、分かりました」
「名張臣としても見届けよう」
隣から、シラガがこちらの様子を見守っていた。
「それでは、まずこちら……」
差し出されたのは、
やわらかな一枚の布だった。
広げると。
傾いた陽のなかで、
表面が淡く揺らめいていた。
「これは、三輪の絹ですね」
「ああ、三輪で仕入れたものだ」
「わぁ、きれい……」
隣で、イミコが、
そっと布を覗き込んできた。
「続いてはこちらなんだが……」
太い縄と、細く撚られた紐が出てきた。
「これは……」
手に取ってみると、その造りがよくわかる。
撚りが細かく。
端々まで丁寧に揃えられていた。
「これは物部の環濠で仕入れた逸品だ」
「物部……?」
物部――
聞き覚えのある名。
それは、のちの倭で、
大きな力を持つ名だったはず。
「ああ、物作りを得意にしてる連中だ」
アラトは、西の方角へ視線をむける。
「縄や、木の道具なんかを作って、
方々の環濠へ渡しながら暮らしているよ」
どこか言葉を濁した言い方だ。
もしかしたら、
まだ、勢力的に小さいのだろうか。
「物部、ですか……」
「ふむ……」
アラトは俺の顔を覗き込み、言葉をつづけた。
「部と言うのは、
臣たちに使われる者たちでな……」
「三輪や、三野の臣たちの環濠から、
物を作れと命じられて暮らしているのだ」
「なるほど……」
物を作る「部」。
それで、物部なのだろうか……。
「それと最後に、これだ」
アラトが、荷の奥へ手を伸ばした。
「これも、その物部から仕入れた、
とっておきなんだが……」
差し出された小さな布包み。
手にしてみると、その大きさより、
ずしりと重みを感じる。
「これは……」
ゆっくりと布包みを開く。
中にあったのは――
手のひらほどの小さな鑿。
刃の腹は、
酷く黒ずんでいる。
柄にも、
何度も握られた跡が残っていた。
それでも刃先だけは、
傾いた陽を受けて鈍く光っている。
「これは、まさか……」
手に、ずしりと重い。
その刃の腹へ、
そっと指を添える。
ひやりと冷たい。
石を磨いて作った刃とは、
まるで違う薄さ。
「鉄……ですか?」
おもわず声が上擦っていた。
「そう」
アラトが、少し得意げに頷いた。
「鉄の鑿だ」
「…………」
この世界へ来てから。
ずっと、
石と木で物を作ってきた。
そんな俺の掌に。
今。
鉄がある。
「鉄だ……」
もう一度。
俺は、鑿の柄を、
強く握り直した。




