第百四十三話 道の拾壱:★野盗のイバラ:環濠の外から
◇【野盗のイバラ】視点◇
「こやつらに新しい環濠を、
作らせてみるのは、どうじゃ?」
俺たちの手で、環濠を――?
「爺さん、オレ様たちに、
名張の囲いを作れってのか?」
思わず口を開いた。
「名張は、もう手狭じゃ……」
爺さんは、市庭の外へ顔をむける。
「行商も増えた。これからは、
外から働きに来る者も増えるじゃろう」
いくつもの竪穴が並んでいた。
「まして、役を負うおぬしたちを、
今の環濠で皆と寝起きさせるわけにもいくまい」
「ゆえに、今のものを本環濠として、
新しく別の環濠を作るというわけじゃ……」
――――――――――
「待ってくれ」
名張の男が声を上げた。
「つまり、その新しい環濠には、
名張の者じゃない奴らも入れるのか?」
「そういうことじゃな」
爺さんが頷く。
「行商も、働きに来た者も、
分けることなく迎え入れるつもりじゃ」
「外の者たちを、
そんな簡単に信用できるのか?」
* * *
まあ、そうなるわな――
環濠ってのは、
中にいる奴らのものだ。
オレ様たちは、
いつだって、その外にいるのだ。
* * *
「それなら……」
名張の坊主が、静かに口を開いた。
「私と、火の巫女も、
環濠の内側に入れませんね」
は――?
何を言ってやがるんだ、
この坊主。
「俺と、イミコも、
もとは環濠の外の者ですから」
「あいつが……外……?」
オレ様は、改めて坊主の顔を見た。
* * *
名張の者たちが言葉に耳を傾け。
三野臣とも、当たり前のように話す。
火の巫女まで、すぐ隣にいる。
オレ様は、てっきり最初から、
環濠の内側の人間だと思っていた。
それも、昔から名張にいる、
古い筋の童だと――
* * *
「本当のことじゃよ」
まわりに伝えるように、
白髪の爺さんが、大きく頷いてみせる。
三野臣や、行商の者たちも
揃って驚きの表情を浮かべていた。
「この二人は少し前まで、
名張の者として数えられておらなんだ」
「でも、イミナさまたちと、
こいつらは違うだろ」
さきほどのひとりが、こちらを指す。
「こいつらは、人を襲って殺したんだぞ」
――――――――――
「あの……俺も、一度、
環濠の外に出たのですが……」
今度は、名張の若い男が声を上げた。
「あ、俺は、カヤっていいます……」
男は小さく頭を下げる。
オレ様たちと戦った中に居たヤツだな。
それから。
少し離れたところにいた女衆へ、
おずおずと手を向けた。
「それと……こっちは、俺の妻です……」
呼ばれた女が、
ゆっくり、カヤの隣へ歩いてくる。
その足取りの理由。
衣の上からでも分かるほど。
その腹が、大きく膨らんでいた。
「…………」
女は集まる視線に、
少し恥ずかしそうに俯きながら。
大きな腹へ、そっと片手を添えた。
「俺たちは、一度、
自分たちから名張を出ました」
「その時は、この妻も一緒です……」
「それから、外へ出て、
最後には食う物までなくしました」
カヤは、一度、隣の妻を見る。
「そんな俺たちを、名張の皆は、
もう一度、受け入れてくれたんです」
カヤが、こちらを見る。
「もし、あの時、環濠を出たからと、
もう戻ってくるなと言われていたら……」
「俺だって、そのあと、
荷を襲ってたかもしれません」
さっきまで声を上げていた、
名張の男たちも。
三野の者も。
行商たちも。
誰も。
大きな腹を前にして、
すぐには言葉を返せなかった。
「一度、道を外れたからって、
そこで戻る道が途絶えてしまえば……」
カヤは、隣の妻を見る。
「俺たちだけじゃない、この腹の子だって……」
「今、ここには、
いなかったかもしれません」
カヤの隣に立つ女の、
腹に添えた手には力がこめられていた。
「つまり、俺たちが野盗にならずに済んだのは、
受け入れてくれた名張の環濠のおかげなんです」
それは、まさに。
環濠の外という極限の生活を、
体験してきた者からの切実な言葉だった。
* * *
戻っただと……。
一度、自分たちから外へ落ちた者が、
それでも、また環濠へ戻り。
しかも、今では、
あの女の腹には子まで宿している。
この名張という環濠。
なにか、おかしいぞ……。
* * *
――――――――――
「あ、あの……!」
ノギが、声を上げた。
まわりの視線が集まり、
一瞬、びくりと肩を震わせる。
「外の人も環濠に入れることは、
分かったけど……でも、俺たちは……」
そこで一度、ノギは、
自分の手に掛かった縄に視線を落とす。
「人を襲った……殺しもした……」
その声を、どんどん小さくしながらも。
「それでも、役を終えたら、
その環濠に入ることができるんですか?」
最後まで言い切った、あの、ノギが。
「今、ここで、
入れるとは約束できません」
名張の坊主は、すぐには頷かなかった。
「あなたたちが人を襲い、
命を奪ったことは消えません」
「…………」
「まずは役を果たしてください。
逃げずに働く姿を、皆に見てもらうんです」
名張の坊主は、まっすぐ、こちらを見る。
「役を終えたあと、
それでも、そこで暮らしたいと望むなら」
「その時に、もう一度、皆で決めましょう」
名張の小僧は、
環濠に入れるとは言わなかった。
けれど、追い出すとも言わなかった。
本当に信じていいのか――
――――――――――
「新しい環濠、か……」
ふと、何もない土地へ目を向ける。
土に草……。
その向こうには、
名張を囲う木の柵が見えた。
一方で、視線を落とすと、
オレ様の前には縄を掛けられた両手。
環濠ってのは――
こんな手でも、作れるものなのか……?
「イ、イバラ……?」
隣から、
ノギの驚く声があがった。
オレ様も、自分でも驚いていた。
「掘らせてくれ……」
自分でも、知らないうちに、
そんな言葉を発していたからだ。
「この手で、その環濠……」
恥も、外聞も関係ない。
「掘らせてくれ」
オレ様は、
地へ、頭を下げていた。




