第百四十二話 道の拾:★野盗のノギ:二つの生きる道
◇【野盗のノギ】視点◇
「それは役と、働き口です」
なぜか名張の前で話している坊主が、
また、よくわからないことを言いだした。
「……役?」
三野の年嵩のある男衆も、眉を寄せている。
――――――――――
役って、なんだ――
自分の胸元に視線を落とすと、
その先では、俺の両手に縄がかけられている。
どうしてこうなっちまったのかも、
俺には、さっぱりだ。
「……俺たちは殺されるんじゃないのか」
気づけば、口から声が漏れていた。
手が震える。
震えを止めようとしても、
指先が、まったく言うことをきかない。
「……ちっ」
隣では、イバラが、
名張の坊主を睨みつけていた。
* * *
いつもなら。
俺たちがわからない時は、
イバラが、何とかしてくれた。
どこへ行くのか。
誰から食い物を奪うのか。
危なくなったら、どこへ逃げるのか。
そう、全部――
イバラが決めてくれていたんだ。
* * *
「この者たちは殺しません。
奴婢として売ることもしません」
「え?」
俺は、おもわず顔を上げた。
まわりを見れば他の野盗仲間たちもだ。
殺さない――
その言葉だけは。
俺たちにもわかった。
「その代わり、定めた咎を返すまで、
役を負ってもらいます」
また、よくわからない。
「オレ様たちに働けってのか」
イバラの声がした。
なんか、怒ってるような気がする。
「そうです、朝には道へ出て、
崩れた土を戻し、石や荷を運ぶ」
「日が沈めば決められた場所へ戻り、
役を終えるまで、勝手に去ることは許しません」
名張の坊主が説明をしている。
つまり、
俺たちに自由はない。
でも、
死ななくていい。
「あれ、それって……」
俺は、また口を開いた。
「奴婢と何が違うんだ……?」
そんな俺の言葉に、
一瞬、場が静まりかえった。
ああ、また、
余計なことを言ってしまったのかな。
俺は、頭が悪いから、いつもこうだ。
「いい質問です」
名張の坊主の視線が、俺にむけられた。
「あなたたちは、
誰の持ち物にもなりません」
「そして、役には終わりがあり、
咎を返し終えれば自由の身になります」
「自由に……戻れる……」
その言葉を聞いて、
ようやく、少しだけ息ができた。
いつも、イバラが言っていた。
俺たち環濠の外の暮らしには、自由がある。
環濠のやつらより、満たされているんだって。
「……飯はどうすんだ?」
イバラが訊ねる。
あ、そうだ。
働くにしたって、
食うものがなければ――
「食べ物は、
環濠のほうで用意します」
「おい!」
行商の一人が、おっかない顔で、
拳を地面へ叩きつけた。
「人殺しに、飯まで食わせるのか!」
おもわず、びくりと身体が縮こまる。
でも、怒るのも当然だ。
俺たちは、この人たちの仲間を殺した。
だから怒っている。
「ですが、働いてもらうなら、
食べてもらわなければなりません」
「……まあ、な」
槍を持った名張の大男は、低く唸った。
――――――――――
「役については分かったが……」
三野臣が声を上げた。
おおきな身体で、怖い顔をした偉いひとだ。
「それで野盗が減るのか?」
「役だけでは足りません、
さらに、皆の、働き口を用意します」
働き口……?
坊主が、市庭の向こうへ目をむける。
そこには、いくつも並んだ竪穴。
踏み固められた土。
その向こうには、
遠くまで伸びている道がある。
「名張も、三野も、戦で、
働ける者を多く失いました……」
そう、イバラも言ってた。
三野は男衆のほとんどがいなくなって、
弱っているから、荷を奪っても平気だって。
「ですが、道も、水路も、田畑も、
やるべきことは、いくらでもあります」
「たしかに、人手は、
いくらあっても足りぬが……」
三野臣は静かに頷いた。
「ならば、環濠の外にいる者たちに、
その働きを担ってもらえばいいのです」
「働いた分だけ食べ物を渡すんです」
え、働けば――
市庭に積まれた荷の、あの穀。
布に、干した肉。
あれを、奪わなくてもいいのか?
「なるほどのう」
白髪の爺さんは、
市庭の外へ目を向けていた。
「環濠の外の者が腹を空かせても、
奪わず、働きに来れば食えるわけじゃな」
誰かを殴ったり、誰かに追われたり。
追手に殺されるかもしれないと、
震えながら眠らなくても。
働けば。
メシが喰えるのか……?
「最初から……」
隣から、イバラの声がした。
「そんな場所があったなら……」
いつもの、イバラじゃないみたいだった。
人を睨みつける声でも、
人前で無理に笑ってみせる声でもない。
ただ。
ひどく疲れたような声。
「だからといって」
名張の槍の男が、
その柄を、強く握り直す。
「おまえらの境遇が不幸だったからと、
犯した咎が消えるわけではない」
「…………っ」
イバラが顔を上げる。
一瞬。
いつものように睨み返した。
でも。
「……ああ、分かってるよ」
それだけだった。
そんな時、後ろから、
誰かの小さな舌打ちが聞こえた。
「イバラが、あの荷なんか、狙わなきゃ……」
野盗仲間の誰かが、ぼそりと呟いた。
ちくりと胸の奥が痛くなる――
* * *
確かに、
そうかもしれない。
俺たちは捕まった。
イバラの決めたことは間違いだった。
俺たちは、死ぬところだった。
だけど、俺は……。
俺たちはついていった。
やめようなんて、
俺は、一度も言わなかった。
食い物がない時も。
逃げる場所がない時も。
俺たちは、何もかも、
イバラに決めさせていた。
イバラなら、なんとかしてくれる。
ずっと、そう思っていた。
でも。
大丈夫じゃない時だって、
もしかしたら、あったんじゃないか……?
俺たちは、イバラ一人に、
頼りすぎていたんじゃないか……?
* * *
「野盗に身を落とし、
咎を犯せば、役を背負わされる」
名張の坊主の声が、
篝火の向こうから聞こえてくる。
「その前に名張を訪れ、
みずから働きに出れば食を得られる」
「その違いを、道の外にも伝えていくのです」
――――――――――
「アラトさん」
坊主が、行商の男へむきなおる。
「それでも、この者たちの死を望むなら、
それも含めて皆で考えます」
え、やめてくれ――
その男は、
さっき言ったばかりだ。
殺してくれ、と……。
アラトは、膝の上で拳を握ったまま。
しばらく動かなかった。
「俺は、許さない……」
心臓が大きく跳ねた。
あ、終わった――
「こいつらが、どれだけ働いたって、
あの二人は戻ってこない」
何も言えない。
あの人の言うとおりだ。
俺は、静かに俯いた。
「だが……」
アラトの声が続く。
「次に、この道を歩く奴が、
俺たちと同じ目に遭わなくなるなら……」
アラトの固く握られていた拳が、
ゆっくり、開かれていく。
「働かせてやってくれ……、
こいつらが、その咎を返し終わるまで」
助かった――
そう思った途端、
身体中から力が抜けた。
でも。
今度もまた、イバラに、
何とかしてもらうだけじゃ駄目だ。
働こう。
それくらいなら、
俺にも、できるはずだ。
――――――――――
篝火の向こうで。
「名張は、その裁きを認めよう」
「三野にも異論はない、認めよう」
名張と、三野の臣が顔を合わせていた。
「では、そういう話ならば……」
白髪の爺さんが、
市庭の外に増えた竪穴へ目を向けた。
「その役でする働きについて、
ひとつ案があるのじゃが」
爺さんは、
俺たちに視線を向けてきた。
なんだろう……。
「新しい環濠を――」
……環濠?
「こやつらに、
作らせてみてはどうじゃ?」
俺は、思わず。
隣のイバラを見た。
役は、現代でいうならば裁判で下される懲役ですね。
働き口は、雇用を生み出すことで逆に治安を守れるという説を基に。
争いの絶えなかった弥生時代の後期から、平穏な古墳時代に移りかわったのには「古墳づくり」という公共事業も大きく関わっているんじゃないかなという妄想もあります。




