第百四十一話 道の玖:裁きの火
火のない篝が、
市庭の中央に置かれていた。
その四方。
俺の右手から名張。
その隣に、アラトたち行商。
さらに三野臣黒犬を中心とする三野。
最後の一角には、
縄を掛けられたイバラたち、野盗が座っている。
その中央へ、
小さな火が近づいていく。
「……にぃに」
イミコが、火のついた木の棒を、
両手で抱えている。
棒の先で揺れているのは、
名張で絶やさず守られてきた『巫女の火』だ。
「そのまま、ゆっくり……気を付けてね」
「……ぅん」
イミコは篝の前まで進み、
棒の先を、乾いた薪へ近づけた。
ぱちっ――
小さな火が移り。
一本の枝から、次の枝へ。
それが、やがて篝の全体へと、
燃え広がっていく。
そして。
四方に座る者たちの顔を、
ひとつの火が、明るく照らしだす。
「にぃに、ついたよ」
「ありがとう」
戻ってきたイミコの頭を撫で、
俺の隣へ座らせた。
「今、ごらんのとおり……」
俺は、まわりに向けて声を張る。
「名張を守る『巫女の火』から、
今、ここへ火を分けてもらいました」
この場の誰もが、中央の炎を見ていた。
「今日、ここでの話を聞いているのは、
私たちだけではありません」
火の向こうで、
イバラたちも顔を上げる。
「火の巫女を通して――」
俺は、空を指した。
「天も、我らを見ているのです」
誰も声を上げない。
名張も、三野も、行商も。
縄に繋がれた野盗たちさえ、
わずかに背を正した。
「怒っているなら、怒っていると。
許せないなら許せないと」
「この火の前では、
自分を偽らずに話してください」
誰か一人が、勝手に、
命を決めるためのものではない。
皆で咎を確かめ、
その先を決める。
裁きの儀である。
――――――――――
「それでは、まず……」
俺は、ゆっくりと四方を見渡す。
「今回のことで、それぞれが、
何を損なったのかを確かめます……」
「名張が失ったのは、市庭の信用じゃな」
シラガが、白い眉を寄せた。
「ここへ来れば、安全に品を売り買いできる。
その信用が揺らいだ」
「三野は、この道を守る者としての威だ」
三野臣が拳を握る。
「俺たちは、この道なら安心して歩ける。
その安心を失った、ってところか」
行商の中から、
ナギトが静かに続けた。
「名張は『信用』を、三野は『威』を、
行商たちは『安心』を失ったわけですね……」
そして――
「アラトさん」
最後に、俺は彼へ視線を向けた。
「俺ぁ、妻と娘を奪われ、荷まで奪われて……」
アラトの声が低くなる。
「仲間が二人、殺された」
火が、ぱちりと爆ぜた。
「アラトさんは……」
縄に繋がれた野盗たちに、
俺は、視線をむける。
「この者たちを、どうしたいですか?」
「殺してくれ」
間髪を入れず、アラトは答えた。
「当然だな」
タケも頷く。
「人を殺した者には、
相応のものを返させねばならん」
「ひ、ひぃ……っ」
野盗たちの顔から、
みるみる血の気が引いていく。
イバラだけは。
中央の火を睨んだまま、
動かなかった。
――――――――――
「その気持ちは、よく分かります」
俺は、皆を見渡した。
「ですが、それでは、
この一件を終わらせるだけです」
「……どういう意味だ?」
タケが眉を寄せる。
「ここで、この十人を殺しても、
次の野盗は現れます」
「当然だな」
「そのたびに、人を集めて山へ入り、
戦い、血を流すのですか?」
「……ふむ」
タケの口が閉じた。
今回、こちらに死者が出なかったのは、
ただ運がよかっただけだ。
そして、道が伸び、人と荷が増えれば。
守らなければならない場所は、
これからも、さらに増えていくだろう。
「大事なのは、ここで、
この十人を殺すことではありません」
一度、言葉を切る。
「次に、名張に流れてくる十人を、
野盗にしないことです」
「そんなこと、できるわけないだろう」
三野のイワネが声を上げた。
「腹を空かせた者に、
荷を奪うなと言って聞くものか」
「そうですね……、
俺にも、必ずできるとは言えません」
「それみたことか」
「ですが――」
俺は、中央で燃える巫女の火を見る。
「そのために必要なものは、分かります」
「ほう……」
イワネが身を乗り出す。
「なら、それはなんだ?」




