第百四十話 道の捌:名張へ還るものたち
俺達は山をくだり、
名張に繋がる道へと戻ってきた。
荷を引きずった跡。
大勢が駆けた足跡。
その間に、二人の身体だけが、
変わらず残されていた。
アラトを守る護衛の二人――
「道中、妻や娘にもよくしてくれた、
気の良いやつらだった……」
自然と、アラトは足を止めていた。
ちいさな娘は、
耐え切れずにすすり泣く。
鳥の声が、
やけに遠くから聞こえる。
風が、乾いた血の匂いを、
微かに運んできた。
誰も、しばらく口を開かなかった。
その時。
道の向こうから。
ザッ、ザッ――
何人もの、
駆けてくる足音が聞こえてくる。
「誰か来るぞ」
イワホコが石斧を構えた。
名張の男衆も。
野盗の縄を強く握ったまま、
一斉に、道の先に視線をむける。
――――――――――
「無事だったか、イミナ殿」
三野臣黒犬だった。
その横には、三野のイワネもいる。
さらに、三野の男衆が数人。
足早に駆け寄ってくる。
「お越しくださり、
ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
「三野側の道と、環濠には、
すぐに見張りを置いたのだが……」
三野臣の視線が。
俺たちの後ろへ、ゆっくりと移る。
縛られた野盗たち。
取り戻された荷。
そして、地面へ横たわる二人の男。
「すでに決着はついたようですな」
後ろで、三野のイワネが小さく呟いた。
「よっ」
見覚えのある男が、
こちらへ、小さく片手を上げていた。
「ナギトさん……」
俺も、軽く頭を下げて返す。
三野まで知らせを届け。
そのまま、三野の者たちを、
ここまで案内してくれたのだろう。
ナギトは、そんな軽い挨拶だけ残して、
一行の後ろへ下がった。
――――――――――
「こいつらを、
名張まで運んでやりたいのだが……」
アラトが、改めて二人へ視線を落とす。
「気持ちは分かるが」
イワホコが周囲を見渡す。
「まずは全員を、
名張まで帰すのが先だ」
「あとで、運ぶ支度を整えて、
男衆を連れて戻ろう」
イワホコは、二人へ視線を落とした。
「ちゃんと、土へ還してやろう」
「我らも手を貸そう……」
三野臣も、静かに続けた。
「今回の件は、
三野へ向かう道で起きたことでもある」
「なら、せめてこれだけでも……」
アラトは、自分の荷へ手を伸ばして、
大きな布地を取り出した。
「……それは売り物だろ?」
目の詰まった上等な布である。
「…………」
アラトは黙ったまま、
静かに、二人の身体へ布を掛けていった。
「今はもう、違う……」
ただ、それだけを小さく呟いていた。
風が吹くたび。
その端だけが小さく揺れる。
それから俺たちは、
再び、名張を目指して歩きはじめた。
――――――――――
山が開ける。
その向こうでは、
見慣れた煙が空へ昇っていた。
「名張だ……!」
母親の腕の中から、
アラトの娘が小さく顔を上げる。
母親の衣を握っていた小さな指が、
ほんの少しだけ、緩む。
やがて。
環濠の前にたどり着く。
市庭のあたりで、
荷を整えていた者も。
行商と話していた者も。
俺たちの異様な姿に気づき、
その手を止めていく。
市庭に響いていた声が、ひとつ。
またひとつと消えていった。
ほどなくして。
橋の向こうから、
名張の長であるシラガが姿を現した。
「……おお、よくぞ無事に戻った」
血の滲んだ名張の男衆。
取り戻した荷。
縄で繋がれた野盗のイバラたち。
そして――
「三野臣殿まで……」
シラガが、少し驚いたように目を開いた。
「知らせを受けてな」
三野臣が、短く頭を下げる。
「我らは間に合わなんだが、
ここからは、我らも共に話を聞こう」
「うむ……」
シラガは小さく頷きながら、
俺たちの列を見渡した。
名張。
三野。
行商。
そして、縄で繋がれた十人の野盗。
「これは……」
長い白髪を風に揺らしながら。
シラガは、
小さく息を吐いた。
「ずいぶんと、大事になったのう――」




