第百三十九話 道の漆:野盗の命の価値は
手が震えていた。
鼻の奥には、血と、
踏み荒らされた土の匂い。
俺は、初めて、
戦場の最前線に立った。
怖くないはずがない。
それなのに。
胸の奥の深いところが、
妙に静かだった。
* * *
槍の間合いに、人の足運び。
そんなことが、なぜか、
自然と分かるような気がした。
戦場に立つのは初めてなのに。
どこか、懐かしさすら――
* * *
「おい、イミナ、大丈夫か?」
タケの視線は、
俺の、握りこんだ手に向けられていた。
「はい……」
俺は、震える指を、
あわてて衣の中に隠した。
タケは、それ以上、何も言わなかった。
――――――――――
そんな、俺たちの横では。
「こいつが野盗の長で、
名は、イバラと言うらしい」
イワホコが、野盗を尋問していた。
「で、おまえらの寝床はどこだ?
近くにあるんだろ?」
「…………」
縛られた仲間たちに、
イバラは、その視線を向ける。
野盗の一人は、肩から血を流し。
別の男は、倒された時に打ったのか、
苦しそうに身体を丸めていた。
「先に、こいつらの傷を見ろ」
「あ?」
「寝床を教えてほしいんだろ……」
イバラが、イワホコを睨み返す。
「こいつらの傷を手当てしろ、
そうしたら寝床の場所を教えてやる」
「なっ……なにを勝手なことを……」
横から、アラトの声が飛んできた。
「じ、自分たちがなにをしたのか、
わかって言ってるのか」
護衛を二人も殺され、
妻に、娘と危険に晒された行商のアラト。
怒るのも仕方がない。
だが――
「嫌なら、自分たちで探せばいい、
オレ様は何も喋らねえ」
「き、貴様っ……」
「分かりました、
手当てをしてあげてください」
俺は、二人の話に割ってはいる。
「本気ですかっ!?
二人も殺されているんですよ?」
アラトが目を見開いていた。
「だからですよ」
「こんなところで死なれて。
償いもせず終わられては困ります」
そもそも、最初から、
野盗たちの手当てもするつもりだったのだ。
「…………」
アラトは、納得できないといった表情。
それでも口を閉じてくれた。
――――――――――
そうして、
野盗たちの怪我の手当ても始まり。
野盗の長のイバラは、
それを見届けると口を開いた。
「この大岩からくだって、すぐの沢だ」
「川で向かおうとしていた先とは、
別のところになるんですね」
「奪った荷物の一部を手土産に、
川のむこうの奴らと、合流する」
「……そういう手はずになっていたんだ」
「川の向こう……山の神か……」
イバラの言葉に、タケが反応をみせた。
「なんですかそれ?」
「このあたりで、
一番大きいと言われる野盗の群れだ」
興味深そうに、
タケは山の向こうに視線を向ける。
「ただ、その姿を見て、
戻った者は誰もいないんだよな」
イワホコは肩をすくめてみせた。
山の神――
本当にいるなら、
放っておくわけにもいかない。
「寝床を調べてみましょう。
何か手掛かりがあるかもしれません」
――――――――――
「……ここであってますか?」
それは、木と、
草を重ねただけの雨避け。
擦り切れた獣皮。
ひび割れた土器。
土器の底には。
食べ物を最後まで掻き取ったような、
細かな跡が残っていた。
そして。
十人で分ければ、
一食にも足りそうにない食べ物。
「……なんだ、文句あんのかよ」
イバラが鼻を鳴らした。
俺を見ることなく、
隠れ家の奥へ、顔を向けたまま。
「思ったよりも、みすぼらしくて驚いたか」
奥を調べると。
「これは……」
その粗末な寝床には、
不釣り合いなほど綺麗な布がある。
他にも、いくつかの荷が積まれていた。
「盗品だろうな」
タケが言う。
「物取りは、今回が、
初めてではないようだな……」
イワホコがため息をこぼす。
「そうですねぇ……」
環濠の外での山の暮らしが、
苦しいのは分かる。
だが。
それで、奪い、殺した咎が、
消えるわけではない。
――――――――――
「で、俺たちは、
どこへ売られるんだ?」
自分の手首の縄を見ながら、
イバラが、呟いた。
「売る?」
俺は、おもわず聞き返してしまった。
「奴婢にするんだろ……?」
さっきまで。
槍を持って戦っていた時より、
ずっと小さな声だった。
「べつに奴婢にはしませんよ」
「…………」
周りの野盗たちも、一斉に顔を上げる。
「じゃあ、殺すのか……?」
「…………」
俺は、少しだけ言葉を探す。
「まだ、決まっていません」
「決まってねぇだと……?」
「俺たちだけで決めて、
良いことではありませんから」
「つまり、どうする気だ?」
タケが、眉を寄せる。
「一旦、名張へ、連れて帰り、
三野にも声をかけて話し合いましょう」
「そんな必要があるのか?」
イワホコが不思議そうに首を傾げた。
「この道は、名張だけのものでは
ありませんから……」
奪われた荷を見る。
「被害に遭ったアラトさんも交えて、
皆で、決めるべきだと思います」
「皆でだぁ……?」
両手を縛られたまま、
イバラが、顎だけを上げる。
「そんなもん、
一番強え奴が決めりゃいいだろ」
「それで、あなたたちは、
ここまで来てしまったんですね」
「……あ?」
「また、同じことが繰り返されないためにも、
ここは皆で話し合いましょう」
そうして俺がまわりを見渡すと、
皆、しずかに頷いた。
「よし」
イワホコが、
その大きな石斧を担ぎなおし。
「そうと決まれば、名張へ帰るぞ」




