第百三十八話 道の陸:★野盗のイバラ:ふたつの伍
◇【野盗のイバラ】視点◇
槍の穂先が。
前にも、後ろにも並んでいた。
だが、数なら、ほとんど変わらねえ。
「ノギ!」
「お、おう……っ」
「三人連れて後ろを抑えてろ!
オレ様たちは、全力で前を潰す!」
向こうが十人、こっちは九人。
たった一人の違いだが、こちらが不利だ。
なら短期決戦で決めるしかない。
飢えては、奪い――
そんな、地獄のような世界。
そのなかで生き延びてきた、オレ様たちが、
環濠育ちに負ける道理があるものか。
「行くぞ!」
――――――――――
「おらああッ!」
向こうの馬鹿でかい石斧の柄が、
こちらの槍を弾いた。
その直後。
別の屈強な男が、横から滑り込み、
仲間の足を槍の柄で払った。
「ぐあっ!」
早え……。
倒された仲間は槍が奪われ、
そのまま、地面へ押さえ込まれる。
「イバラ! 後ろも来たぞ!」
「そっちは、てめぇらでなんとかしろ!」
一度、後ろで誰かの声が上がれば。
おもわず、
後ろへ振り返ってしまう。
そのたび。
正面の槍が、
一歩詰めてきやがる。
挟まれている側だけが、
前へ、後ろへと、忙しなく首を振る。
相手は、常に前だけを見ていればいい。
こんなんじゃ、
まともに戦えるわけがねえ……。
「テメエら、一か所に集まり、
背中合わせになれ!」
オレ様の掛け声に皆が集まる。
仲間の数は、すでに目に見えて減っていた。
「イバラ、お、俺たち……」
ノギの手は震えていた。
怖え時ほど、黙り込むのは昔からだ。
だが、それでも、
こいつは逃げやしねえ。
それだけは知っている。
「うおおっ!」
ノギが槍を振り、
名張の男の槍を弾いた。
その穂先が相手の腕を掠める。
「ぐっ!」
傷を負った名張の男が、一歩下がる。
よし、でかした。
一人退かせれば、
そこの横一列に穴ができる。
「すまん、まかせた」
名張の男は悔しがるでもなく、
そのまま、横一列の後ろに引き下がった。
すると横の男が一歩ずれる。
空いた隙間が、あっさりと塞がれた。
誰からの指示がなくても、
一人の抜けた穴を埋めやがった。
「ちっ、くそっ」
オレ様も槍を振り、
前方の伍に飛び掛かる。
一人と何合か穂先を交わすと、
他の奴らの槍が、横から飛んでくる。
オレ様たちが並べる槍と。
あいつら名張の「伍」の動きは、
根っこから違っていた。
「ちっ、これが伍か……」
噂には聞いていた。
だが。
相手にすると、
こうも厄介なものなのか。
――――――――――
「ぐあっ!」
また一人、仲間が倒された。
その喉元へ、
石槍の穂先が落ちる。
「っ――」
その寸前で穂先が止まる。
持っていた槍が蹴り飛ばされ、
腕を後ろへ回されて、縄を掛けられる。
「なんだ、殺さねえのか?」
殺す度胸もねえってのか。
「イバラ! またやられた!」
「分かってる!」
こちらは残り四人。
皆、すでに息が荒い。
槍の柄が、汗で滑りやがる。
名張のほうだって、
汗を流し、血を滲ませている。
なのに、槍の列が崩れねえ。
「くそっ」
認めるしかねぇ。
あいつらのほうが、強ぇ……。
――――――――――
「ノギっ!」
「なんだ!」
「左を抜くぞ!
ここにいたら潰される!」
オレ様は、石斧の男へ、
槍を突き出した。
「ふんっ」
石斧の届く間合いへ入れさせず、
相手を、半歩下がらせた。
いける――
「ぐあっ!」
その時。
後ろから、
誰よりも聞き慣れた声がした。
「ノギ!」
考えるより先に。
身体が、後ろを向いていた。
「ばっ、馬鹿……イバラ、余所見すんな!」
その声に、オレ様は我に返り、
すぐに前を向いた。
だが、もう手遅れだった。
「っ――!」
屈強な男の槍の柄が、
オレ様の槍を叩き落とす。
手元から、槍が、宙に飛んだ。
次の瞬間。
石斧の男が懐へ入りこむ。
その太い柄で、オレ様は腕を打たれた。
「ぐあっ!」
おもわず膝が落ちる。
だが――
「まだ、だ……っ!」
それでも、片膝で踏ん張った。
オレ様は負けない。
「イ、イバラ……もう立つな…」
ノギの声があがる。
その目は、オレ様を見ていた。
「黙れ!」
「オレたちの負けだ。
もういい……これ以上、抵抗するな!」
「なにをバカな、そんな寝言を……」
オレ様は、まわりを見渡した。
一人。
また一人。
仲間たちの槍が地面へ落ちていった。
カラン、カランと――
気づけば、怒声も、
槍を打ちあう音も消えていた。
森に残るのは男たちの荒い息遣いだけ。
もう。
すべては終わっていた――
――――――――――
オレ様は、
槍を、地へ落とした。
すぐに名張の男がやってきて、
腕を、後ろへ回される。
縄が、手首へ、きつく食い込んだ。
「なめやがって」
こちら側の最初にいた十人。
その誰も、
死んではいなかった。
はじめから、
格下に見られていたってことか。
だが――
戦のはじまるまでは、
その数は、ほとんど同じだったのに。
それで、このざまだ。
「……くそっ」
なにも言い返せねえ。
「イバラ……」
ノギの手が縄の中で震えていた。
「俺たち、奴婢にされるのかなあ……?」
「…………」
倒した相手を殺さずに縄を掛ける。
なら、知らねえ土地へ連れていき、
朝から晩まで働かせる気か。
それとも、どこかへ売るつもりか。
負けた奴の末路なら……、
オレ様たちは、嫌ってほど知っている。
「……黙ってろ、ノギ」
背中で縛られた両手を、
オレ様は、強く握り込んだ。
二度と、奪われる側には戻らねえ――
そう、
決めたはずだったのにな。




