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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:夏十一章「蠢く国々」

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第百三十七話 道の伍:★野盗のイバラ:森に響く声

◇【野盗のイバラ】視点◇



 * * *


 腹が減っていた。


 物心ついた頃から。

 いつだって、腹が減っていた。



 オレ様が生まれた環濠の外には、

 守ってくれる柵も、蓄えた穀もない。


 飢えれば――

 病めば――


 そのまま、野たれ死ぬ。


 そんな場所だった。



 弱い奴は、強い奴に従うしかない。


 殴られ、奪われ――


 それでも、生きたければ、

 耐えるしかなかった。



 だが、いつまでも、

 下にいるつもりはなかった。


 一人。


 また一人。


 従う者を増やし、ようやく、

 オレ様は奪われる側ではなくなった。



 そんな時、山の向こうに、

 ご立派な「道」とやらができた。


 穀も、布も、土器も。


 環濠の中で腹いっぱい食う奴らが、

 道を使って、さらに豊かになっていく。



 ふざけた話だ。


 持っている奴から奪って、何が悪い。


 これは、オレ様たちに、

 ようやく巡ってきた機会なのだから。


 * * *



「イバラ! 追手はどうする!」


「騒ぐんじゃねえ、ノギ!」


 この集まりの中の最古参、

 オレ様の、右腕を務める男だが。


 どうにも肝っ玉が小さい。



「いつも言ってるだろ、

 慌てる時こそ、冷静になれと……」


 オレ様は、顔の入れ墨に、

 ゆっくりと指を這わせて考える。


 犬に怒声、木を叩く音。


 だが。


 聞こえた声は数人だけ。



「追手に、そんな数はいねえよ、

 オレ様たちを川から追い払っただけだ」


 人数がいるなら、そのまま、

 相手は奇襲をかければよかったのだ。


 だが、今、俺たちは誰も傷を負ってない。

 それがなによりの証拠だ。


「くそっ、あのまま、川に向かっていれば……」


 いや、もう言うまい……。



「とにかく、ここで立て直すぞ……」


 オレ様たちの目の前には。


 以前から集まる場所にしていた、

 苔むした大岩。


 こいつを背にすれば安心だ、

 なにより、後ろを気にする必要がねえ。


「女たちは岩の前へ置いとけ、

 縛ってるからって、

 目ぇ離すんじゃねえぞ」


「へいっ」


 場に見張りを一人残し。


 オレ様たちは、

 名張からの追手が来る森へ、槍を向けた。



――――――――――


「来たぞ」


 視界の先で、木々が揺れた。


 やがて姿を見せたのは。


 男が一人、小僧が一人に、

 さっきオレ様たちの襲った行商人が一人。


 握っていた槍が、

 ほんの少し軽くなった気がした。



「……くくっ、あれだけかよ」


 出てきたのは、たった三人。


 オレ様の読み通りだ。


「何の用だ」



 なぜか、小僧が一歩前へ出た。


「荷については諦めます、

 妻と娘、それと奴婢の方だけ、

 返していただけませんか」


 なんだ、この小僧。


 他の大人を差し置いて、

 なんで、こいつが話してやがる。


 まあ、それだけ、

 腰抜けしかいねぇってわけだ。


 まともに戦える男もいねえから、

 なら、話し合いで返してもらおうって腹か。



「頼む……!」


 行商の男が、崩れるように膝をついた。


「妻と、娘を返してくれ……!」


「おとう……」


 娘が、母親の衣を、小さな手で掴んだ。

 父親の肩が大きく震える。



 弱い奴が、強い奴へ頭を下げる。


 その時の気持ちは、

 痛いくらいに知っている。


 オレ様も、昔はそうだった。


 だからこそ、

 二度と、戻る気はねえ。



「……どうする、イバラ」


 ノギが、不安そうな表情を浮かべる。

 どこまでも甘い奴だ。


「さっきは大勢の振りで脅しておいて、

 今度は、泣き落としか?」



「頼む……どうか娘を――っ」



「ちっ、情けねえ男だ……」


 コツ――


 背後で、小石の転がる音が。


「……ん?」


 後ろを振り返る。

 ほんの、一瞬だけ。


「…………」


 大岩に代わりはなく、

 人質も変わらず、見張りも居た。


 なにも異変はない。



「どうか娘をっ」


「うるせええええ!」


 オレ様は、再び、正面へ向いた。


 こいつらはもう頭を下げるしかない。


 人質を返せだとか、

 なにを、間の抜けたことを。


 おまえらも捕まえて、その髄まで……。 




「ぐあっ」


 背後から絶叫が上がると同時に、

 見張りが、地面へ崩れた。


 一体、なにが――



「今だ」


 大岩の陰から、

 男たちが飛び出してきた。


 その数は五人。


 さらには犬まで連れてやがる。



 ――は?



 女も、娘も、奴婢も、

 まだそこに捕らえているのに。


 それを遮るように。


 たった数歩の間に、

 五本の槍が並びやがった。


 もう、人質に手が届かねえ。



「そのまま! 岩の後ろへ!」


 女は、娘を胸元へ引き寄せると、

 すぐに岩陰へ下がった。


 奴婢も続く――



「て、てめえら……黙って見てねえで止めろ!」


 オレ様の掛け声で、

 皆が、女どもを追いかけようとする。


 だが。



「それ以上、こちらに来るな!」


 いきなり現れた男たちの槍先を前に、

 おもわず、皆、たじろいだ。



 行けねえ――


 もう、人質には近づけねえ。


 なんでだよ、どうして、

 いつも上手くいかないんだよ。



「お、おい……イバラ、どうするよ……」


 ノギが、隣で不安げな言葉を上げる。


「まだだ、後ろに五人……前には三人……。

 数ではオレらのほうが……」


 オレ様は、あらためて背後に振りかえる。



「な、に……?」


 正面の木々が揺れる。


 前にいた小僧と、

 男と、行商の後ろから。


 一人。


 また一人。


 さらに一人。


 槍を持った男たちが、

 森から姿を現した。


 男たちは、迷いもなく、

 それぞれの位置へ立ち並ぶ。



 そして、最後に。


 他の連中より、

 頭ひとつでかい男が。


 馬鹿でかい石斧を担いで現れた。



「なんだ、これ」


 前にも五人、後ろにも五人。


 なんで、こんな人数が居るんだ。

 こんなの話が違うだろう。



 さっきの猟犬、人の声、木を叩く音。


 相手の人数が少ないと、

 この、オレ様が、見破ったじゃないか。


 いや、違う――


 見破ったと、そう思わされたのか。



「……くそっ」


 背中へ、冷たい汗が一筋流れる。


 こちらに視線を向ける、あの小僧。

 槍も、石斧も、持っていねえ。


 なめやがって。


 ただ立って、人質が岩陰へ下がるのを、

 静かに見届けていやがる。


「イバラ……ど、どうする……?」


「うるせえ」


 オレ様は、槍を強く握りなおす。


 前には槍を構えた男たち。

 後ろにも、槍を揃えた別の男たち。


 人質は、もう大岩の向こう。


 背中を守るはずだった大岩が、

 今では、奴らを守る壁にしか見えねえ。



「相手が十、こちらが九、

 どちらの数も同じようなもんだ」


 さっきまで広かった森が、

 急に狭く見える。


 腹の底が、昔のように冷える。



「環濠で、ぬるく生きてきた奴らに、

 オレ様たちが負けるかよ」


 飢えずに暮らせる、


 怯えずに暮らせる。


 そんな機会が、

 ようやくまわって来たんだ。



「奴らに教えてやれ、

 山の、生きざまってやつをな」


 こんなところで、

 そう簡単に諦めてなるものか――

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