第百三十三話 道の壱:道の上の道理
「う~ん、小麦の粉作りか……」
小麦焼きを作ってから数日。
炊事場では、ほかの仕事の合間に粉を挽いている。
だが、できる量はわずかなままだった。
いくら考えても、改善策は浮かばない。
「考えすぎて倒れるなよ」
タケが、口元の端をあげた。
「こうして道の見回りなどして、
気分転換もしてますから、大丈夫ですよ」
名張から三野へ続く道には、
以前より多くの行商人が歩いている。
かつては草に埋もれた獣道だったが。
今では、道筋そのものが、
土地の外から来た者を導いていた。
「また、行商の人たちが増えてますね」
俺と、タケが、
道の様子を見回っていた時。
道の先から、
怒鳴り声が響いてきた――
――――――――――
「そちらが退けば済んだ話だ!」
「荷をぶつけたのは、そちらの者だろう!」
二組の行商人が、狭い道で睨み合っていた。
足元には、売り物らしい壺と、
その割れた破片が散らばっている。
「何事だ」
タケは前に出ながら声を張り。
カツン――
槍の柄尻を、固い道へ打ちつけた。
ぴたりと場の声が収まった。
タケの姿を確認すると、
片方の行商が、こちらに歩み寄ってくる。
「俺はアラト、三野へ向かう途中の行商だ」
その後ろには、妻と幼い娘。
さらに、三人の護衛。
最後尾に、重い荷を背負わされた男がいた。
「なんだ、奴婢が珍しいのか?」
奴婢。
言葉では知っているが、たしか――
もう片方の行商も声をかけて来た。
「俺はムロ、こっちは連れのイサ。
名張に壺を売りに行くところだが……」
厳つい二人組の男たち。
その足元には、いくつかの壺を詰めた籠。
「あの奴婢の荷が、俺たちの籠へぶつかり、
売り物の壺が四つも割れたのだ」
「おまえらの籠が道を塞いだから、
端を通らなくてはいけなくなったんだろう」
「だからといって、その奴婢が、
俺たちの壺を割ったことに変わりはないだろう」
お互いの主張が、ぶつかりあう。
アラトの護衛たちが、
槍を握る手へ力を込める。
ムロも、手にした槍を構えた。
このままでは、血が流れる――
「壺が、四つも割れたのだぞ」
「なぜ、俺が、すべてを償わねばならん」
アラトは、奴婢へ険しい目を向けた。
「足を滑らせたのは、こいつだ。
こいつが、しっかり歩いておれば――」
奴婢の男が、びくりと身をすくませた。
これは良くない――
――――――――――
「お待ちください」
俺は、ふたりの会話を遮った。
「なんだ、小僧」
「おまえは名張の……」
名張の童――
どうやら、俺のことも、
行商人には知られているらしい。
「この者に荷を背負わせ、
道の端を通れと命じたのは、アラトさんですね」
「そうだが……」
「ならば、この者は主の命に従っただけです」
「従者の働きによって得たものが、
主のものとなるなら、
その働きから生じた咎も、
また、主が負うのが道理でしょう」
「ぬっ」
アラトは言い返せず、
ただ、眉間に深い皺を寄せた。
「では、割れた壺は、
すべてアラトが償うということだな」
ムロが言う。
「壺の籠を、道の中央へ置いたのは、
ムロさんたちですね」
「休むため、少し下ろしただけだ」
「その籠が道を塞がなければ、
アラトさんたちは、柔らかな端を通る必要がなかった」
「そして、アラトさんも……」
俺は、奴婢の重い荷を示す。
「これほどの荷を背負わせ、
無理に端を通らせなければ、
この事故は起きなかったでしょう」
「ムロさんたちには、道を塞いだ咎があり」
俺は、双方の顔を見比べる。
「アラトさんには、重い荷を背負わせ、
危険な端を通らせた咎があります」
「では、割れた四つはどうする」
「どちらの咎が重いか、
今ここで、量ることはできませんが……」
すべてをアラトへ負わせれば。
アラトたちは納得せず、争いは再び燃え上がる。
ムロたちにも、自ら招いた損として。
いくらかを引き受けてもらう必要がある。
「アラトさんに、
壺、二つ分を償ってもらいます」
アラトに向けた視線を、
そのまま、ムロに移していく。
「残る二つは、道を塞いだ自らの咎として、
ムロさんたちが引き受けてください」
ムロは、イサと顔を見合わせた。
「まあ、半分でも戻るなら、それでもよいが……」
「アラトさんは?」
「すべてを償うよりはマシだ。
……分かった、布で二つ分を償おう」
アラトの妻が、壺二つ分の布を取り出した。
ムロは、布の織り目を確かめると。
「これならよい」
と頷いた。
「今後、荷を下ろす時は。
人が通れる場所を必ず残してください」
これは今後、道を使う者たちの決まりとなるだろう。
「狭い場所ですれ違えないなら、
無理に端を通らず、近くの広い場所まで戻る」
「また同じことが起きれば、
次は、荷では済まないかもしれません」
「そうだな……」
アラトは、妻の衣を握る娘へ、
静かに視線を向けた。
――――――――――
騒ぎを聞きつけた名張の者たちが、
集まって来るころには、すべて終わっていた。
二組の行商は、それぞれ、
三野と、名張へ向かって歩き出していた。
「うまく治めたな」
後ろで睨みを効かせていたタケが、
静かに声をあげた。
「あれで良かったのか、
正直、自信はありませんが……」
「血が流れなかったのだ、上出来だろう」
「そう、ですね……」
「ところで、ひとつ、
聞きたいことがあるのですが……」
「なんだ」
「奴婢という者たちについて――」




