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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:夏十一章「蠢く国々」

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第百三十二話 市場の捌:一枚の重さ

「これが小麦焼きです」


 俺は、葉の包みを開いた。


 焼けた麦の香りが、

 シラガの竪穴へ広がる。



「こむぎやき」


 イミコも嬉しそうに、

 俺の横から覗き込んでいる。


 だが、用意できたのは、

 わずかに二枚。


 一枚は焼いたまま。


 もう一枚は、

 山菜と肉の汁へ浸してある。



――――――――――


「これが、皆の騒いでおる食べ物か」


 タケは小麦焼きを割り、端を噛む。



「……硬いな。だが、悪くない」


 もう一口噛み、

 驚いたように手元を見た。


「これが、本当に麦なのか?」


「大麦と分けた小麦を、

 粉にして水で練ったものです」


「これまで食っていた麦とは、

 まるで違うではないか」



「麦……いや、小麦といったかのう」


 シラガは、汁を吸って柔らかくなった

 小麦焼きを口へ運んだ。


「汁の味が、麦へ染みておるな」


「やわらかいでしょ」


 イミコが、少し誇らしそうに笑う。


「……うむ。これなら、

 歯の弱った者にも食わせられそうじゃ」


 シラガは満足そうに頷いた。



「今年は、麦がずいぶん採れたのだろう?」


 タケが声をあげる。


「肥やしを入れた畑では、

 思っていた以上に実りましたね」


「ならば、もっと作れるな」


「波多の畑でも小麦が育つなら、

 あちらでも育てればよい」


 タケは、迷いなく言い切った。


「これなら、米の少ない時でも、

 皆の腹を満たせる」



 * * *


 名張では、米が食の中心にある。

 だが、水田はどこにでも作れるわけではない。


 これまでの麦は、

 米の実りまで、あわひえと共に命を繋ぐ穀だった。


 けれど、小麦焼きが広がれば。


 水田に向かない土地で育つ麦が。

 米と並び、人々の腹を支えることになる。


 * * *



「だが、イミナよ……」


「はい」


「この作業、容易くはないのだろう」


 シラガの目は、

 磨石すりいしで赤くなった俺の掌を見ていた。



「これまでの麦ならば、

 ごみを除き、かめで煮れば食えた」


 シラガは、小麦焼きの欠片を持ち上げる。


「じゃが、これは違う……そうじゃな?」


「はい」



「この一枚を焼くまでに。

 どれほど磨石すりいしを動かした?」


「それは……」


 すぐには答えられなかった。


 石皿の上を逃げる粒を押さえて。


 掌が赤くなるまで、

 何度、磨石すりいしを動かしても。


 集まった粉は、器の底を覆うだけだった。



「かなり掛かりました」


「村の者すべてに食わせるなら?」


「…………」


 粉を挽く手を増やせば。

 その分、畑や村の仕事から手が失われる。


 小麦焼きへ回す手と。

 そのために滞る、ほかの仕事。


 どこまで人を割けるのか。


 それを、考えなければならない。




「これは、よい食べ物になるだろう」


 シラガが静かに言った。


「畑の麦も増やしていけば、

 いずれ、多くの者の腹を支える柱になろう」


 タケも重く頷く。



「だが、いくら小麦が実っても、

 粉にできねば、小麦焼きは作れぬ……」


「はい」


「それを、なんとかせんとな……」


「そう、ですねぇ……」


 思わず、途方に暮れた声をこぼした。



「力が要るなら、いつでも言え。

 石くらい、俺たちにも動かせる」


「ありがとうございます」


 その言葉はありがたい。


 タケをはじめ、

 那婆理なばりには力のある者も多い。


 だが、狩りの手を減らし、

 粉を作るのでは本末転倒である。



 力の有無に限らず、

 誰が粉作りを受け持っても、

 同じように、粉を作り続けられる形。


 今、必要なのは、そういう仕組み作りである。



――――――――――


 シラガの竪穴を出ると。


 炊事場から、

 磨石すりいしを擦る重い音が聞こえてきた。


 手の空いた女衆が、

 入れ替わりながら小麦を挽いている。


 昨日の喜びから一転し。

 製粉の重さが、皆の身に染み始めていた。



「にぃに」


 イミコが、俺の手を握ってきた。


「うん?」


「こなづくり、がんばろうね」


「……ああ、そうだな」


 俺も、その小さな手を握り返す。



「頑張ろう」



 俺は、青い空を見上げた。


 白く大きな雲だけは、

 はっきりと見えた。


 だが、求める答えは。


 どこにも見えなかった――


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