第百二十八話 消えた荷の行方
名張に夜の帳が下り、
人々が、眠りにつき始めた頃。
「た、大変です!」
一人の若い行商人が、
環濠の橋を駆け込んできた。
「カナメ殿の預かる竪穴で、
荷が消えたと騒ぎになっています!」
「荷が?」
市庭の夜ということもあり、
村に泊まっていた俺は、竪穴から飛び出した。
「物取りではないかと」
「ふむ、穏やかではないのう……」
シラガも竪穴から出てきた。
「急ぎましょう」
俺たちは、若者に案内されて、
環濠の外へ向かった。
――――――――――
「だいじょうぶですか」
カナメの預かる竪穴は、
張りつめた空気に包まれていた。
「使いに出した者以外、
誰も、外へは出していない」
炉を囲んでいた者たちは、
それぞれの荷を、手元へ引き寄せている。
「そして、他人の荷にも触れさせていない」
カナメが状況を告げる。
「だが、このままでは争いになる」
そう話している矢先――
「最後に入った奴らではないのか!」
荷を失った男が叫んだ。
「我らを物取りと呼ぶのか!」
疑われた年長の男が、
自らの荷を背に庇うように立ち上がる。
「ならば、荷を見せてみろ!」
「まあ、お待ちください」
俺は、二人の間へ入る。
物取りの可能性がないとは言えない。
だが、誰かを疑うのは、起きたことを確かめてからでも遅くない。
「まず、本当に荷が消えたのか確かめましょう。
荷を失った方は……」
「三野からの行商、ヌマルだ」
カナメが後ろから答えた。
「俺は、ここへ置いたんだ。間違いない!」
「どんな荷ですか」
「鹿角の飾りを結んだ大きな麻袋だ」
「故郷から預かった麻布と、
今朝の市で替えた品が入っている」
ヌマルは、荷のあった壁際へ何度も目を向けた。
握った手の爪が、掌へ食い込んでいる。
「あれを失えば、俺は、故郷へ戻れぬ……」
その声にあるのは、怒りよりも恐れだった。
「ヌマルさんが、最後に見たのは?」
「この竪穴へ入った時、
言われたとおり、入口のそばへ置いた」
「では、その後、誰かが、
動かしたのではないかのう……」
シラガの言葉に、周囲が顔を見合わせる。
火から遠ざけ、寝床を空けるため。
荷は善意から何度も動かされたが、
その行き先を、皆、伝えあっていないのだ。
「鹿角の飾りの付いた麻袋、
誰か、運んだ覚えのある者はいませんか」
「鹿角の飾りか……。
それなら、俺が火のそばから外へ運んだぞ」
一人が手を上げる。
「……ん? 入口の外にあった荷なら、
遅れてきた者の荷だと思い、隣の竪穴へ運んだぞ」
なるほど――
人の手をいくつも渡ることで、
荷の行方が、分からなくなってしまったのだろう。
「隣へ向かいましょう。
カナメ殿は、ここをお願いします」
「うむ、この男も連れていけ」
俺とシラガ、それにヌマルの三人で、
隣の竪穴へ向かった。
――――――――――
騒ぎは周りの竪穴にも聞こえていたらしく、
隣の竪穴の者たちも、皆、起きていた。
「すまぬが、荷を確かめさせてもらうぞ」
シラガが声を掛け、竪穴の奥へ進む。
壁際に積まれた袋や、
籠を退かすたび、乾いた土埃が舞った。
「おっ、これではないかのう」
一番下から、小さな鹿角を結んだ荷袋が顔を覗かせた。
「これだ、俺の荷だ!」
ヌマルは駆け寄り、鹿角の飾りと、
縄の結び目を何度も確かめる。
「中も無事だ。市で替えた品も、すべて残っている……」
膝から力が抜け、
そのまま、荷を抱えて座り込んだ。
それからしばらく。
「皆を疑って……申し訳ないことをした」
静かに荷を抱えたあと、ヌマルは呟いた。
「次からは、先によく確かめることですね、
これから謝りにいきましょう」
俺は、ヌマルの肩に手をのせた。
そして、カナメの竪穴へ戻り、
ヌマルが皆へ詫びると。
この夜の騒動は、ひとまず収まった。
――――――――――
翌朝。
旅人たちは荷縄を締め、
同じ方角へ帰る者同士で列を作る。
「みんな、帰るんだね」
「また、次の満月に会えるよ」
「うん……またね」
イミコが手を振るたび、
緑色の腕輪が、朝日に光っていた。
「しかし、昨夜の騒ぎ、
あれは放ってはおけんな……」
シラガは、誰もいなくなった竪穴の、
煙の残る炉を見つめながら呟いた。
「考える必要がありますね」
一団ごとに荷を分けるか――
あるいは、木札へ、
持ち主を示す「印」を刻むか――
「まあ、次の満月までに、
ほかの皆も交えて考えていきましょう」
「そうじゃな」
シラガは静かに頷いた。
* * *
道を繋げれば、
人も、品も、知恵もやってくる。
それは、俺たちが望んだことだった。
けれど。
道は、善いものだけを運ぶわけではない。
豊かな荷が通ると知られれば、
それを奪おうとする者も、いつか現れる。
* * *
今回は、ただの取り違えで済んだ。
だが、この次も、
取り違えで済むとは限らない。




