第百二十七話 火を預かる者
「もう、待っておれぬ」
一人の行商人が、
竪穴の外へ薪を積み始めた。
「何をしているのですか」
その思いもよらぬ行動を前に、
俺は、思わず声をあげた。
「火を焚く……女と、子を、
いつまでも寒空へ置いておけぬ」
男は、手際よく、乾いた草へ火を起こした。
それを見た別の一団も、自分たちの火を焚き始めた。
「お待ちください!」
アサメが駆け寄ってきた。
名張の村で、巫女の火を長く扱ってきた者だ。
「ここには、筵も、荷もあるのですよ!」
「我らに、凍えろというのかっ」
「火を使うなとは申しません、
勝手に、火を増やさないでと言ってるのです!」
ぱちりと爆ぜた火から、赤い火の粉が舞う。
言ってるそばから、筵の端へ落ち、
ぶすぶすと細い煙が上がる。
「あっ!」
アサメが急いで駆け寄り、足で踏み消した。
* * *
寝床と、火の扱いか――
皆が、竪穴で他の者を拒む理由。
それはもう想像が付く。
誰が火を預かり、
寝床と、荷の置き場を決めるのかが問題だ。
そこへ、今度は、火の問題まで重なった。
ならば、竪穴と火。
その二つを、
一人の責任へ結べばいい。
従う相手と、その理由を、
こちらで用意すれば良いだろう。
* * *
「さきほどまでの割り振りは、やめましょう」
俺の言葉に、場がざわめいた。
「どの竪穴へ入るかは、
みなさんが、自分で選んでください」
「……我らが、好きに選ぶのか?」
「竪穴ごとに一人、管理者を名張で決めます」
「かんり、しゃ……とな……」
聞きなれない言葉に、
まわりは互いに顔を見渡していた。
「竪穴に入ることを希望する者は、
そこの管理者の言葉に従ってください」
「従えぬなら……?」
「別の竪穴を選べばよいのです。
どこも嫌なら、外で夜を越しても構いません」
「そんな乱暴な……」
「だが、筋は通っておる」
まわりには不満げな顔は残っていた。
だが、先ほどまでとは違う。
勝手な組み合わせを、
名張に押しつけられるのではない。
誰と夜を越すのか。
それを、自分たちで選べるのだから。
「それでは、竪穴ごとに、
名張の火を預かる者を決めていきます」
環濠から運ばせた「巫女の火」の熾火を、
アサメが、小さな土器へ分けていく。
「この人はという者の名があれば、
皆さまからも、遠慮なく挙げてください」
積極的に、皆の声を取り入れる。
自分たちで選んだという実感。
それが、必要なのだ。
各交易団から、皆が顔を知る年長者や、
発言力のある者の名が挙がる。
そうして。
三野のカナメ、波多のホナミを含む、
五人の火を預かる者たちが選び出された。
――――――――――
「このひで、みんなが、
あったかくねむれますように」
イミコが、熾火へ、小さな手をかざす。
選ばれた五人の竪穴を預かる者たちは、
神妙な顔で、その頭を下げた。
名張の火の巫女から、竪穴の管理者に、
一夜の火が与えられたのだ。
「俺たちは、カナメの竪穴へ入るぞ」
三野からの行商人たちが、カナメのもとに集まった。
「女や子がいる者は、あたしのところへ来な。
入りきらなければ他の竪穴へ分かれてもらおう」
ホナミの声に、家族を連れた者たちが動き始める。
先ほどまでとは違い、
人々は、管理者に従って動き始めた。
荷は、炉から離れた壁際へまとめるため、
持ち主の手を離れ、置き場を移されていった。
――――――――――
そうして、夜の支度が整い始めた頃――
「……まだ、入れるか」
最後まで外に残っていた男たちが、
肩を震わせながら、カナメの竪穴に顔を見せた。
「火の決まりに従うならな、
だが、ここはもう人が満ちている」
カナメは、そう告げたあと。
「隣の竪穴へ行け、話は通してやる」
「かたじけない……」
カナメの言葉に、男たちは頭を下げた。
* * *
自分たちで選んだカナメの竪穴に、
彼らは、入れなかった。
それでも。
自ら選んだ相手の指示には従えるのだ。
* * *
満月の下。
いくつもの竪穴から細い煙が立ち上る。
違う土地の者たちが、
自ら選んだ、火のそばへ腰を下ろしていた。
従わせたのではない。
自ら選び、納得して従える形へ変えたのだ。
――――――――――
人々が、眠り支度を始めた頃。
「おかしいな……」
一人の行商人が、壁際の荷を退かしていた。
「どうした」
「ここへ置いたはずなんだ……」
筵の下を覗きこんでは。
似た形の麻袋を、
ひとつずつ、確かめていった。
次第に、その顔から、血の気が引いていく。
「ない……」
震える声が、竪穴の中へ落ちた。
「俺の、荷が、どこにもないんだ――」




