第百二十三話 ★瀬渡:伊賀に送り込まれた火種
◇【伊賀臣瀬渡】視点◇
「阿閉の者たちが参りました」
夕暮れに染まる伊賀の環濠。
その入り口に繋がる柵門へ、
泥と、血にまみれた一団が姿を現した。
「六人だけとな……」
事前の通達では、二十余りの三野兵を、
まずは預かる手はずだったが。
――――――――――
「山で、野盗に襲われた」
阿閉の兵隊長らしき男が、
前に出てきて忌々しげに吐き捨てる。
「その隙に、三野之梟が兵を扇動し、
十四人が山へ逃げ込んだ……」
「そうですか」
むざむざ、逃げられたのか――
「死者はの数は」
「おらぬ……だが、奴らの後を追えば……、
さらに損害は増えたかもしれぬ」
死者を出さなかったのは、
おそらく、野盗側の手際のよさだ。
狙いの本命は荷ではなく、
その、運んでいる人にあったはず。
そして、実際に三野兵を傷つけることなく、
無事に山へと逃がしたのだろう。
「わ、わしは、正しい判断をしたのだ……」
ただの野盗働きではない。
ならば「山神」の民の手によるものだろう。
「わしは悪くない、野盗が……フクロウの奴が……」
兵隊長の声は震えていた。
兵も、奴婢も。
どの環濠にとっても貴重なものだ。
阿閉臣饗守から預かった兵を。
むざむざ野盗へ奪われたとあれば。
阿閉へ戻ったところで、ただでは済むまい。
「ともかく、その六人の三野の者たちは、
伊賀臣瀬渡が、しかと預かった……」
「う、うむ……。
野盗どもの不意打ちであったと、
くれぐれもアエモリ様へ申しておくように」
「兵の糧は、これだけか?」
阿閉から届けられた荷を確かめていた、
伊賀之火子から声が上がった。
「た、足りぬ分は……伊賀のほうで出せ……」
兵隊長は視線をそらした。
「荷を奪われたか」
失態に次ぐ、失態というやつだな。
「くっ……」
兵隊長が眉をしかめて、我に顔を向けてきた。
「ここから、さらに逃げる者が出れば、
こたびの件、伊賀の手によるものと見るぞ」
「なんだとっ」
兵隊長の見苦しい責任転嫁を前に、
一瞬、伊賀之火子の眉が吊り上がる。
「よせ」
弟の伊賀之水瀬が、その肩を押さえる。
「……息子が失礼した、委細承知」
我が、頭を下げると。
「ふんっ……」
「田舎者は礼儀も知らぬと見える、
はよう、我らの泊る竪穴に案内せい」
兵隊長は、威張り散らしながら、
伊賀の環濠の奥へと、勝手に進んでいった。
――――――――――
阿閉の一団が、
竪穴に姿を消した後。
伊賀の環濠、その柵門の前に、
六人の三野兵が残された。
我は、一歩前にでる。
「なぜ、フクロウと共に逃げなかった」
「逃げられなかったのです……」
長い沈黙の後。
ひとりの男が口を開いた。
「計画を聞かされていなかった者、
傷ついた仲間を置いていけなかった者、
事情は、それぞれですが……」
唇を噛み締めていた。
「そうか……まあ、まず、
伊賀の環濠のなかで水を飲むがよい」
三野の六人を、柵の内へ促した。
「すぐに粥も用意しよう……、
これからの話は、腹を満たしてからとしよう」
我らは、阿閉ではない。
だからといって三野の味方でもない。
阿閉という共通の敵がいようとも、
簡単に、お互いを信用できるわけではない。
――――――――――
夜。
阿閉の者たちを、
柵門近くの空き竪穴へ寝かせた後。
我らは、離れた竪穴で、
息子たちと粥を食べていた。
粥を啜る音と。
薪の爆ぜる音だけが、あたりに響く。
「人手が増えるのは助かるな……」
ヒコが、声を潜めながら言う。
「伊賀へ心を寄せれば、いずれ、
彼らは頼りになる兵にもなりましょう」
「兄上……」
ミナセが、低く息を吐く。
「彼らが逃げれば、我らが責に問われ、
暴れたら三野と結んだと疑われる」
「阿閉と内通する者が混ざっていれば、
我らを探る目にもなる……」
我も、さらに伝える。
「むう、そうか……」
ヒコが、口を閉じた。
「人を信じるのは美徳だが、
信じすぎるというのは考えものだぞ」
我は、土器を手に、水をひと口。
「それよりも問題は、
姿を消したフクロウたちだ……」
我ら伊賀が、阿閉へ反意を抱いていることは、
フクロウも薄々は知っているはず。
ならば、伊賀と手を組み、
水面下で動く手も、あったはずだ。
それなのに。
フクロウは、伊賀の環濠へ来るより。
山へ潜ることを選んだ。
「フクロウは、すぐに動くとは限らぬ……」
我らを信用していないのか。
それとも。
阿閉にも、伊賀にも縛られぬ兵を。
山の内へ隠すつもりなのか。
「各地の伊賀の筋に、
今回の襲撃の情報を流しておけ……」
そうすれば各自が目を凝らし、
おのずと情報が集まってくるだろう。
「承知しました」
散り散りの伊賀でも。
ひとつの山を見ることならば、できる。
今回の、伊賀に届いた六人の三野兵。
山に姿を消した十四の三野兵。
それらが、この伊賀の山で。
どのような火種となるのか。
とくと見せてもらおう――




