第百二十二話 ★梟:道から外れる者たち
◇【三野之梟】視点◇
なにやら、名張が、
裏で姑息に動いているようだが。
ならば。
三野臣高彦さまのため、
我らも、動かねばならない。
まずは、表の世界から姿を消す。
生き残るために――
――――――――――
朝霧の残る山道。
二列に並んだ兵が進んでいく。
先頭と後ろを固める阿閉の兵は、二十人。
その間を歩かされるのは、
俺を含む、二十の三野兵だった。
「伊賀の地で、せいぜい働いてくれよ」
阿閉の兵隊長が、いやらしく笑う。
縄こそ掛けられていない。
だが、槍も弓も奪われ。
数人ごとの間へ、阿閉兵が入る。
伊賀の守りと、開拓を助けるため――
表向きはそういう話だ。
だが、伊賀に送られるのは、
タカヒコ様を三野臣と仰ぐ者ばかり。
なかでも、俺は、タカヒコ様の右腕。
切り離すべき筆頭だろう。
阿閉の環濠内でも、
常に監視の目が付けられていた。
だから、外部との連絡を取るにも、
俺は手下を使い、慎重に動く必要があり。
時間が掛かった。
だが、間に合った――
俺は、後ろを振りかえる。
そこには、すでに計画を伝えた、
七つの三野の忠臣たち。
右手側には、木々の茂る山の斜面。
その茂みには、
投石を構える野盗が七人。
左手側は崖。底に繋がる急傾斜。
その崖下の底に、姿は見えないが、
七人の野盗が息を潜めている。
――――――――――
一行が、山腹の、
狭い道へ差しかかった時。
「崖に落ちないように気を付けろ」
阿閉の兵隊長の声を合図に、
二列だった兵が、一列へ細くなる。
その時――
進行方向の先へ、
石と、太い枝が転がり落ちた。
「敵だ! 止まれ!」
直後、後方にも石が降り注ぐ。
土埃が舞い。
列が、前後へ分断された。
「野盗だ!」
「荷を囲め! 三野を逃がすな!」
阿閉兵の動きは早かった。
山へ槍を向けて襲撃に備えながら、
投石で落とされぬよう崖際から離れる。
だからこそ――
崖側が空いた。
「今だ、転がれ!」
俺の声を合図に三野の兵たちが、
急斜面へ、身を投げた。
「なっ、死ぬ気か」
阿閉兵から驚きの声があがる。
崖下へ続く急斜面からは。
尖った石や、枝が取り除かれ。
刈った草が、厚く敷かれていた。
だからといって衝撃がないわけではない。
「ぐぬっ」
崖の傾斜に身体を打ちつけながら、
底にむかって転げ落ちていく。
「ぐっ」
斜面の下まで転がり落ちたあと。
痛む身体を無理に起こし、
崖下の藪に逃げ込む。
「こっちだ、いそげ」
煤で、顔を汚した者たちの腕が、
藪の中から伸びてきた。
三野兵の逃亡の手助けをする、
野盗の者たちだ。
「お、俺達も連れていってくれ」
この計画を知る七人に続き。
それを見た三野兵たちが、
次々と、斜面へ飛び込んできた。
忠義からか。
伊賀へ、送られることを恐れただけか。
それは、後で見極めればよい。
「逃がすな!」
阿閉兵が追おうとするが、
傾斜を転がるには手に持つ武器が邪魔となる。
山の上からの投石が止まらない。
伊賀に運ぶための荷を、守らねばならない。
「深追いするな!」
阿閉の兵隊長の怒声だけが響きわたる。
それを背中に聞きながら、
俺たちは、獣道の奥へ向かって走った。
――――――――――
夕暮れの頃。
岩陰に設けられた、
狩りの休み場へ辿り着いた。
丸太の風除けが置かれただけの、
粗末な場所である。
「ここまで来たら、大丈夫だろう」
俺を含めて、逃げられた三野兵は、十四人。
「山神のオオイシだ」
逃亡の手助けをしてくれた野盗の一人。
その大柄な男が名乗り出た。
* * *
山神――
伊賀の山中にある大石を、
神として祀る者たちの集まりだ。
環濠を作らず。
小さな畑と、狩りや、山の恵みで暮らし。
足りぬ時には周辺から物を奪う。
タカヒコ様が、三野本環濠を治めていた頃。
山神の者たちとは幾度も争った。
だが、山に身を隠されてしまうと、
彼ら「山神」を滅ぼすことは叶わなかった。
また、山神も、三野と争い続けては生きられない。
ゆえに。
山神は、三野の荷へ、むやみに手を出さず。
三野の兵も、山神の狩り場へ踏み込まぬ。
そうして境を定めた、停戦相手なのである。
* * *
「こいつは大収穫だぞ」
山の上から投石をしていた野盗が、
奪った二つの荷袋を手に、合流してきた。
「俺ぁ、山神のクサビだ」
自己紹介をしながら、
奪った荷袋を叩いて大笑いをする。
当然、山神にあるものは、
タカヒコ様への忠義ではない。
山神は、得るものがあるから手を貸した。
それでよい。
――――――――――
「……それで、タカヒコ殿は、無事なのか」
オオイシが聞いてきた。
べつに、心配しているわけではない。
「今も、阿閉の環濠におられる」
「すぐ、取り戻しにいくのか?」
クサビが荷を確かめながら聞いてきた。
「いや、今すぐに動けば、
アエモリの警戒を強めてしまう……」
今回の騒動は、伊賀への荷を、
野盗の「山神」が襲ったというかたちだ。
だが、俺が、この逃亡を図ったことは、
さすがに察することだろう。
だが。
それが、タカヒコ様の指示である証は、
なにも残していない。
アエモリからすれば、
タカヒコ様と、山神との繋がりが、
どこまでのものかは掴めていないはずだ。
「我らは姿を消す」
十四人の三野兵と、顔を合わせる。
「タカヒコ様の兵として、
その時が来るまで、山神の内で耐えよ」
そして。
「タカヒコ様から預かった言葉を告げる」
「三野臣の名は、環濠を奪われた程度で、
消えるものではない……」
「我を、臣と呼ぶ者が残る限り、
三野臣高彦の戦は、まだ終わらぬ――」
仰ぐ主からの言葉に――
どっぷりと暗くなった場に。
兵たちの間から。
押し殺した嗚咽が、いくつも漏れた。
これでいい。
我らは、しばらく山神へ身を寄せ。
人の道から外れて生きる。
それでも。
タカヒコ様が、
再び、立ち上がるための。
細い糸だけは、繋いだ――
この話における「山神」の野盗たちは、現代の「三重県伊賀市」の「山神遺跡」に残る巨石を崇めて生活していた集落の者たちをモデルにしています。
現地では「山の神」とも呼ばれ、古墳時代の「祭祀遺跡」とも考えられています。
なお、「山神」の民や、野盗としての背景は「本作独自の創作」です。




