第百二十話 三輪の伍:欠史八代の天皇
欠史八代――
初代、神武天皇の後。
第二代から、八代にわたり、
この大和を治めたとされる王たち。
その名は、後世に残されている。
父母も、后も、子も。
寿命も、宮も、
その墓も伝えられている。
それなのに。
何を成し、誰と争い、
この国をどう変えたのか。
その物語が、ほとんど残されていない。
記録が失われたのか。
古い系譜を必要とした後の王権が、
勝手に作り上げたのか。
俺には、分からない。
ただ、この倭には、
天皇も、国々を束ねる王も、
まだ、どこにも、
存在していないという。
――――――――――
「それで、おぬしは、
字をどう扱うつもりなのだ」
三輪君の低い声に、
俺の意識は正堂へ引き戻された。
「今後、名張が字を扱う際に……」
一度、息を整える。
「先に、三輪へ話を通す、
……というのはいかがでしょう」
そんな俺の言葉に、
正堂が、どっとざわめいた。
「話を理解しておらぬのか」
「大陸の反感を買うと、
先程、申したばかりではないか」
横に並んだ者たちから、
一斉に、非難の声があがった。
そこに。
「静まれ」
三輪君の一言で、声が止まる。
さすがの貫禄である。
「説明してみせよ」
すぐには否定をしない。
なにかしらの考えが俺にあることを、
三輪君は、すでに見抜いているのだろう。
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「三輪の名の下に、字を用いて、
新たな権威を築くのでございます」
「それでは、漢は、どうする」
阿倍臣が、険しい顔で問う。
「反意に取られる恐れはございますが、大陸は遥か西。
すぐに兵が届く距離にはございません」
さすがにこの時代、
海を越えての襲来は難しいだろう。
「また、いくつもの国と商いの手を通る品の流れも、
容易には止められますまい」
そして、それは名張を中心に、
道を広く繋いでいくことの役割を強める。
「それでも、危うい話ではあるな」
三輪君は、ため息をこぼした。
「はい」
俺は、正堂を見渡す。
「ですが、その危険を顧みても、
考えねばならぬことがございます」
「ふむ」
「どれほど大きな環濠であっても、
その長の声を直接届かせられる範囲には、
どうしても限りがございます」
三輪君が、わずかに眉を寄せる。
「遠い土地に、その声が届くには日がかかり、
遠方を一人に任せれば、
やがて、その者が新たな長となりましょう」
「ひとりの人間が治められる土地には、
どうしても限りがあると」
「はい」
時代が進み。
情報の伝達と、移動が効率化するにつれて、
統治できる範囲は広がっていく。
だが、今の時代では、その範囲は限りなく狭い。
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「それぞれが、己の力の、
届く土地を治めればよかろう」
「おっしゃる通りです」
膝の上で、俺は指を握る。
「ですが、それでは、
力の届く境目に新たな長が立ち、
田や水や道を巡る戦が、繰り返されます」
「そんなことは世の常であろう……、
おぬし、何を考えておる」
三輪君が、目を細めた。
「私の望みは、戦のない世にございます」
その一瞬。
正堂から音が消えた。
そして、次の瞬間。
「なにを馬鹿な……っ」
「人がいる限り、争いはなくならぬ」
まわりから非難の声が上がった。
争う心そのものを消せるなど、
俺も、思っていない。
「すべてを、直接治めようとしなければ、
それは可能なのです」
「ふむ」
「それぞれの土地は、それぞれの長が治めます。
祭る神も、内の掟も奪いません」
「それでは、何も変わらぬのではないか」
「いいえ」
俺は、ゆっくりと首を横へ振った。
「奪い合うよりも、繋がることで得られるものを、
大きくしていくのです」
「つまり、おぬしが繋ごうとしている、
道というわけになるのか……」
「はっ」
俺は、深く頭を下げる。
「それが、戦のない世界を築くための、
国々の結びにございます」




