第百十七話 三輪の弐:言葉の戦
突き抜けるような青空の下。
三諸山の麓に、三輪の神殿が立っている。
太い柱。
幅の広い梁。
良質な木材を惜しみなく使い、
巨大な高床を組み上げられた建物だ。
名張にも、三輪から学んで作った、
高床の「隠の倉」がある。
だが、同じ仕組みでも、まるで違う。
木の質も、板を削る技も、その大きさも。
素足を進めるたび、滑らかな床の硬さと、
乾いた響きが足の裏へ返ってくる。
「やっぱり、すごいな」
「にぃに?」
「なんでもないよ」
隣を歩くイミコへ、笑いを返した。
「神殿内へ道具の持ち込みはできません」
「うむ、これを頼む」
タケは神殿の入口にいる案内に槍を預けた。
付き添いである那婆理の民の二人は、
三輪の神殿の外で待つ。
神殿内には「武」を持ち込ませないよう、
三輪の管理は徹底されていた。
「それでは、こちらへ」
神殿の案内の者に従い、
俺たちは、正堂へ足を踏み入れる。
――――――――――
謁見の場は、
水を打ったように静まり返っていた。
最奥の一段高い床には、
三輪君意富多多泥古が座している。
顔の皺は深く、老いは隠しようもない。
それでも、その巨体から放たれる生気は、
以前と変わらず正堂を圧していた。
左列の最奥には阿倍臣。
右列の末近くには、三輪之真人の姿がある。
前回より少ないとはいえ、
他にも、四十人を超える者たちが並んでいた。
なにが、肩の力を抜いてだ――
抜けるわけがない。
ただ。
前回のような、
冷たい笑いはなかった。
俺達に向けられている視線。
それは、警戒に、興味といったところか。
なにも知らぬ童として、
もう、嘲笑するような相手ではないと。
この場の、誰もが、思っているのだろう。
――――――――――
案内された場所まで進む。
イミコと、タケが両隣に並んだ形である。
「お召しにより、参上つかまつりました」
俺の口上にあわせて、
三人で、深く頭を下げる。
「名張のイミナ、火の巫女イミコ。
そして、那婆理之稲置武にございます」
前回、名張村として呼ばれたときは、
シラガが長として口上を述べた。
だが、今回は、
俺個人に対する呼び出しであり。
そのため、口上を述べるのは俺となる。
こんな年端もいかない童に、
土地同士の大きな話をさせるなと思うが。
だが、それは。
名張の動きを作っているのが誰か、
すでに、三輪は知っているということでもある。
「うむ、よくぞ来た」
ゆっくりと三輪君が口を開く。
「面を上げよ」
三輪君の言葉に従い、
俺たちは、ゆっくりと顔を上げた。
「ふむ」
三輪君の視線が、俺達三人を順に見る。
「じぃじだ……」
イミコは、まわりに届かない程度の声で呟いた。
昨日の言葉通りに怯える様子はない。
そんなイミコの姿を前に、
三輪君は、その口元をわずかに緩ませる。
「…………」
横の列に並んでいる阿倍臣が、
しきりに、こちらへ視線を送っている。
励ましているのか、
余計なことを言うなということなのか。
その意図はわからないが、
一応、心配してくれているのだろう。
――――――――――
「三野との戦については、すでに聞い及んでいる」
三輪君の声に、俺の意識が正面へ戻った。
「百を超す兵を退け、さらには三野の地へ赴き、
その争いを収めたとか」
左右に並んだ者たちの視線を、
一斉に向けられた。
「実に見事な差配だったそうではないか」
称賛……。
そのはずが、妙に胸の奥が冷たくなる。
ここで素直に功を受け取れば。
三野の新たな形を、名張が、
勝手に作ったと認めることになるわけだ。
俺は、ゆっくりと頭を下げる。
「ありがとうございます」
短く息をはき。
「ですが、それもすべては……、
三輪からのご支援があってこそにございます」
嘘ではない。
そして、戦の功を、
そのまま三輪の手元へと返す。
「ふむ……」
三輪君が、低く喉を鳴らした。
その、真意は読めないが――
俺は、頭を下げたまま、
膝の上においた指先に力を込める。
すでに言葉の戦は始まっていたのだ。
この先、一言たりとも気は抜けぬ。




