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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:春十章「繋がる名張」

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第百十四話 ★高彦:馳走という檻

◇【三野臣高彦みののおみたかひこ】視点◇



 ジュウッ――


 獣の脂が火へ落ちる。



 阿閉あとじの大竪穴には、

 肉と、川魚の焼ける匂いが満ちていた。


 粟の飯に、濁り酒までが御膳に並ぶ。


 戦に敗れて逃げ込んだ三野への扱いとして、

 それは、あまりにも手厚かった。



 そして。


 大竪穴の最奥には阿閉臣饗守あとじのおみあえもり

 その左右を、阿閉の重役たちが固める。


 我は、一段下へ座らされていた。



――――――――――


「さあ、タカヒコ殿、遠慮なく召し上がられよ」


 アエモリが手を伸ばして食事を促す。


「かたじけない……」


 我は、手に取る肉へ歯を立てた。

 よく火が通り、香ばしく焼かれた肉汁が口中に広がる。


 なんという御馳走だ――


 この阿閉の環濠に来てからというもの、

 連日のように、このような夕餉が出てくる。


 さすがは阿閉、と言ったところか――



 我が三野の兵たちは、この場にいない。


 別の竪穴で、阿閉の若衆たちと、

 肩を並べて火を囲んでいるのだろう。


「三野の方々には、

 よく働いていただいております」


 阿閉の重役の一人が笑いかけてきた。


「昨日は薪を運び、今日は、

 北の柵を直してくださいました」


「さすがは、タカヒコ殿の兵。

 なにをさせても見事なものですな」


 あたりに小さな笑いが広がる。



「それはなにより」


 三野の者たちのなかで、

 連日、我だけが何もしていない。


「タカヒコ殿は、長らく三野を背負われた。

 阿閉にいる間くらい、何も案じず休まれよ」


 アエモリは、酒を口に含み、

 穏やかに目を細める。


「我にも、なにかできることがあれば」


「何を申される」


 アエモリは、大袈裟なまでに驚いてみせる。


三野臣みののおみほどの御方を働かせては、

 我ら、阿閉の名折れとなりましょう」


 あたりに、再び、笑いが起きた。



阿閉臣あとじおみは、まことに、

 人を養う術に長けておられるようだ」


 我が言葉に、あたりの笑いが止まる。


「おかげで我が三野の兵も、

 ずいぶんと、よい顔になりましたな」


 アエモリと視線が重なった。



「なあに、客人に喜んでいただけたなら、

 何よりにございます」


 おたがいに声をあげて笑う。


 その言葉の奥にあるものを、

 互いに知りながら。



 この、道化め――



――――――――――


「そういえば、三野と名張の間に、

 新しい道が作られているそうですな」


 食事の途中、阿閉の誰かが口を開いた。



「名張の外には、市庭いちばなる場も設けられたとか」


「名張、波多、三野の品に加え、

 三輪からも塩や布が運ばれているそうです」


 あたりから次々に言葉が飛び交う。


 もう何度目になることやら。

 連日、同じような話ばかりである。



「戦をせずとも人と品が集まるのだから……」


 アエモリが感心したように頷き。


「三野にとっても悪い話では、ありますまい」


 誰とも知れない声が上がった。

 その時、誰も、我に視線を向けていない。


 だが、誰もが、我を視ている。



「…………」


 我は、無言で杯を置いた。


 我が人生を賭けて、

 槍を振るい広げてきた三野が。


 我を追い出した途端。


 道と、市庭によって、

 別の姿に作り変えられている。


「クロイのやつめ……」


 誰にも届かぬ声で、呟いた。



――――――――――


 我が、食事を終えて外へ出ると。


 若い兵たちの笑い声が、

 別の竪穴から、聞こえてきた。



「あ、タカヒコ様……」


 我に気づいた三野の若い兵が、

 あわてて、立ち上がる。


 だが、その前に一度、

 隣の阿閉の若衆へ目を向けた。



「よい、我に気にせず食え……」


 それだけ言葉を残し。


 我が、そのまま、立ち去ると。


 止まっていた笑い声が、

 再び、夜の環濠に広がっていった。



――――――――――


「ふぅ……」


 阿閉から与えられた竪穴。

 厚い毛皮も、水も用意されていた。


 そして、入口には、

 護衛という名の見張りが二人。



「アエモリめ……」


 仮に、我を殺せば、三野の兵が騒ぐ。


 ゆえに、生かしたまま何もさせず、

 その間に、兵だけを、阿閉へ取り込む。


 ゆっくりと三野臣高彦みののおみたかひこの名を腐らせていく。


 これは「馳走」という名の檻だ。



「急がねばならぬが……」


 そう、我が呟いた時。


 壁際の草束が、

 ガサっと、かすかに揺れた。



「首尾はどうだ?」


「伊賀の一部の者と連絡が付きました」


 闇から、フクロウの声が返る。


「また、いくつかの野盗たちとも、

 少しずつ言葉を交わしております……」


「そうか、でかした」


 我は、炉へ、細い枝を一本くべる。



「我らが三野の兵のなかに、

 阿閉へ、心を寄せる者が出始めております」


 さきほどの光景が脳裏をよぎる。


「かまわぬ、去る者は追うな。

 我を見る者だけを残せ」


「御意」



「伊賀と、山の者たちは、いつ動かしますか」


「まだしばらく……今は、ただ繋げよ……」


 赤い火が、ゆっくりと、枝の先へ移っていく。



「名張の童が、環濠を道で繋ぎ、

 その内にいる者を繋いでおるらしい」


 土地を得た者、役目を与えられた者。


 その豊かさの輪へ加われた者たちは、

 実に、よい気分だろうな。


「ならば、我らは、その道から、

 こぼれ落ちた者を拾い上げるとするか」


「はっ」


 フクロウが、深く頭を垂れるのが分かる。


「細い糸でよい……伊賀へ、山へ、阿閉の内の者へ。

 誰にも気づかれぬよう張り巡らせよ」



「いずれ、その糸を、

 タカヒコ様が引かれるのですな」


「糸が、一本では切れてしまうからな」


 我は笑った。


「だが、何本も重ねた糸は、やがて網となる」


「仰せのままに」


 次の瞬間には、草壁のむこうから、

 フクロウの気配は消えていた。



「頼んだぞ……」


 阿閉の馳走の檻が、

 今は、固く閉ざされている。


 だが、その隙間から。


 一匹の梟が、飛び立った。


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