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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:春十章「繋がる名張」

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第百十三話 榛原の玖:丹から見える未来

 丹の泥を作ってから数日後。


 並べられた祭具の赤が、朝の光を受けて、

 俺の目に強く飛び込んでくる。



「なかなか壮観ですね」


 粗く削られた木の杖に、歪みのある土器。

 神への供物を載せる小さな台。


 鳥をかたどった簡素な木の祭具。


 どれもが大した細工物ではない。


 それが、丹泥を二度塗り、乾かしただけで、

 その粗末な品々の見栄えは、まるで違っていた。



「これほど目を引くとはのう」


 コドウが、赤い祭具を手にして息を漏らす。


「まだ、色むらは残っていますがね」


 黒い粒、荒い木目、刷毛の跡。

 ところどころに色の薄い部分もある。


 完成された朱とは呼べない。


 それでもだ。


 以前までの加茂の赤泥より、

 はるかに鮮烈な赤が、そこにはあった。



――――――――――


「こちらは、なにか違うようだが」


 赤い印を付けた壺や、籠が、

 祭具から離れた場所に並べてある。


 壺は、その口の下側に赤い帯を塗ったもの。


 籠には、丹泥を塗った木札を、

 持ち手へ結びつけてある。



「この赤い印のある器には、

 食べ物や、飲み水を入れてはなりません」


「そして、扱いに危険をともなうものに、

 こうした赤を添えていきます」


 赤を、ただの飾りに終わらせない。


 危険で、軽々しく触れてはならない、

 そういった警告を赤で示す。


 丹の赤は、神聖であると同時に、

 徐々に禁忌の色にもなっていくだろう。



「こっちは、かみさまの……」


 イミコが、赤い祭具を見て、

 次に、赤い印の壺へ目を向けた。


「こっちは、さわっちゃ、だめなもの……?」


「ああ」


「どっちも、あか……」


 イミコは首を傾げる。


「どっちも、たいせつなもの?」


「そうだよ」


 俺は、その頭を撫でた。



「神さまへ捧げるものも、

 みんなを災いから守るものも、

 すべて大切な、赤なんだ」


「……そっか」


 イミコは、二つの赤を見比べ、

 やさしく微笑みかけた。



――――――――――


 そんな、丹塗りの品々を見つめながら。


 俺は、加茂を囲む、

 四方の山々へ視線を移していく。



「名張から西には三輪、

 北に三野、その先に伊賀と阿閉……」


 道を繋げていければ、いつかは西の内海にも、

 北の琵琶湖を越えた海にも届くだろう。



 そして東南に見える山の向こう側、

 そこには伊勢がある。


 後の世に「丹生」と呼ばれる土地――


 丹と深い縁を持つ場所も、

 きっと、そこにあるはずなのだ。


「だけど、東と南は険しい山か……」


 その山々は、名張を守る壁であると同時に、

 まだ見ぬ東方から、名張を隔てる壁でもあった。



「この時代の伊勢は、

 どうなっているんだろうな……」


 俺の脳内にある「膨大な知識」には、

 伊勢、近江、尾張……多くの地名が残されている。


 だが、それらは後の世に残された名だ。


 今、この時代に、そこで誰が暮らし、

 そこを何者が治めているのか。


 未来の記述は、

 俺に、何も教えてくれない。




「分からないことばかりだな……」


「……にぃにでも、

 わからないこと、あるの?」


 イミコが、俺の顔を見上げた。



「分からないことのほうが、ずっと多いさ」


 俺は、苦笑しながら頷いた。


「ふーん……じゃあ、わたしも、しりたい」


 イミコは、山の向こうへ視線を向ける。


「あの、山のむこう……にぃにと、見てみたい」



「ああ」


 俺は、その小さな手を握った。


「これから、一緒に見ていこうな」



――――――――――


「明日の準備はできましたか」


 振り返ると、マヒトが立っていた。


「ええ、俺たちはいつでも」



 明日、この加茂の環濠を立つ。


 もともと、三輪へ向かう道中に、

 軽く立ち寄っただけなのだ。


「名張の者たちの荷は、

 さほど多くありませんから」


 旅の食料も、道具も、

 三輪の一行が用意してくれていた。



 俺たちが新たに運ぶのは、

 丹を塗った見本の祭具、赤い印を付けた器。


 そして、小壺一つ分の丹泥。


 ひょんなことから、

 三輪君みわのきみに見せるものが増えたな。




「このたびは、私の我がままに応えてくださり、

 感謝の言葉もありません」


 マヒトが、深く頭を下げる。


「いえ、こちらが感謝したいくらいです」


 短いようで、長く、

 とても濃い時間を過ごせた。


「マヒト殿の加茂を案じる想いがなければ、

 俺たちは、この赤に出会えなかった」


 竪穴に残っていた災いを祓い、

 丹の禁忌を定め、丹守と丹場から扱いを教えた。


 今日も、加茂の者たちは、

 教えた通りに丹を作っているはずだ。


 それは、これから長く、

 この加茂の地に根付いていくことだろう。



「父も、加茂の者たちも……」


 マヒトは、丹場のある山へ目を向ける。


「山の神と共に生きる道を、

 これから、見つけていけることでしょう」


「ええ」


 この加茂の地と、ここに眠る丹とは、

 俺たちも長い付き合いになることだろう。



――――――――――


 明日。


 加茂の山で生まれた赤が、

 見本として、外の土地へ運ばれる。


 三輪の者たちは、

 この赤に何を見るだろう。



 神の御心か、

 長の権威を示す道具か。


 あるいは、ただの赤い泥か――



 その答えは、まだ分からない。


 だが、分からないからこそ、

 自分たちの目で確かめにいくのだ。



 俺は、赤く染まった祭具を、

 もう一度見つめた。


 さあ。


 次に向かうのは――


 三輪の国だ。


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