第百十一話 榛原の漆:赤を掘る者
「まずは、丹を採る場所を定めましょう」
「ここでは駄目なのか?」
タケが、目の前の赤い斜面を指した。
「環濠の近くだと出入りする者が多すぎて、
丹守が管理するのに向きません」
「それなら、こちらだな」
丹守を任じられた一人が、前に出た。
「加茂の東だ。よろしく頼む」
タケに負けず劣らずの太い腕に、
大きく、屈強な身体だった。
そんな、アズマが、
山の奥へ続く道を歩き始める。
――――――――――
「このあたりがよいだろう」
アズマに案内されたのは、
環濠から離れた浅い谷だった。
斜面は低く、赤い筋が地表へ現れている。
人が暮らす竪穴からは遠く、
近くに飲み水を取る沢もない。
「それでは、今日より、
ここを加茂の丹場とする」
コドウが言うと、加茂の男衆たちが、
加茂の谷の入口に木杭を打つ。
そこへ縄を渡し、丹場の境を作った。
「丹守の許した者以外、
この縄の内へ、入ってはならぬぞ」
「……ここから、あかいつちのところ?」
イミコが、入口の縄を見つめた。
「そうだね。ここが丹を守る場所だ」
「……ん」
イミコは小さく頷くと、
自分から縄の後ろへ、一歩下がった。
その姿を見た女衆たちも、
連れてきた、子らの手を引いて離れていく。
ただの谷に、ひとつの掟が生まれていた。
――――――――――
「これまで、どのように、
丹を採っていたか見せてください」
「我らのやり方でよいのか?」
アズマは、木の掘り棒を手に斜面へ進み出た。
赤い筋を直接叩かず、その周囲から、
柔らかな土へ棒を差し込んだ。
ざり。ざり。
土を取り除いていくと、
赤を含んだ石の輪郭が姿を現した。
「赤だけを取ろうとすると、細かく崩れる。
だから、まわりの石ごと剥がして持ち帰る」
「石によって、赤の出方も違うのですか?」
マヒトが尋ねる。
「表だけが赤い石もある。
割ってみれば、中は白いことも多い」
「ふむ、こうか……」
タケが岩の割れ目へ、木の楔を当て、
ゆっくりと石槌を振り下ろした。
ごつん、と重い音が響く。
母岩は欠けたが、赤い筋の一部までもが、
細かく砕けてしまった。
「ちっ……」
「そこじゃねえよ」
縄の外から、ツチドコが声を飛ばした。
「丹守の立ち会いのもとなら、
俺も、中へ入っていいんだよな?」
コドウが、四人の丹守に視線をむける。
「ツチドコなら問題ない」
アズマが頷いた。
「見てられねえな。ちょっと変われ」
加茂の若者、ツチドコが、
谷の入口の縄を持ち上げて入ってきた。
「大した口だな」
タケは、不満そうにしながらも、
手元の石槌を差し出した。
「まあ、見てなって……」
ツチドコは、すぐには叩かなかった。
岩へ指を這わせ、
赤い筋と、母岩の割れ目を確かめる。
木の楔を差し込む場所を、
何度も変えながら軽く石槌を当てた。
こん。こん。こん。
乾いた音が、途中で、わずかに変わる。
「……ここだな」
楔の角度をずらすと、
もう一度、石槌を振るった。
ぱきり。
小気味よい音とともに母岩が割れ、
赤い筋を、多く残した石が剥がれ落ちた。
「おお……」
マヒトが感嘆の息を漏らす。
「力任せに叩くんじゃなくて、
石が割れたがっている場所を探すんだ」
ツチドコは、割れた石を拾い上げた。
「さすがだな、ツチドコ」
コドウが声をかける。
「おまえも、丹守と共に働くか?」
「俺が、良いのか……?」
「丹守の下で扱いを学び、
任せられる者を増やしていくつもりだ」
ツチドコは、手の中の赤い石へ視線を落とす。
「これからも丹を使えるっていうなら、
俺は、それでいい……」
「そうか、頼んだぞ」
コドウは、嬉しそうに頷いていた。
――――――――――
その後も、加茂の者たちは赤い石を掘り続けた。
日暮れには、葉を敷いた籠のなかへ、
赤い筋を含んだ石が積み上がっていた。
「こんなものが、なにになるのかね……」
作業を見守っていた女衆の一人が呟いた。
これまで、加茂の赤い土は、
壁や、炉へ、色を添えるものだった。
それ以上の価値を誰も知らなかった。
そこに価値を見出す者もいれば、
腹の足しにもならないと見る者も、
当然、いるのだろう。
「それでは明日、この赤を、
使える形へ変えてみましょう」
俺は、縄の外側から声をかけた。
丹を取り出すところまでは、
加茂の技が担った。
次は、その赤を選び、砕き、
使える形へ変えていく。
そこから先は――
俺の知る領域だ。




