第百十話 榛原の陸:丹を守るものたち
翌朝、加茂の環濠にある竪穴を、
一軒ずつ見てまわっていた。
「この炉には赤がある」
俺が、実際に炉を見て判断し。
「この炉には、わざわい、ある……あぶない……」
その結果を受けて、
イミコが「火の巫女」の言葉を告げる。
ほとんどの竪穴の炉は、
普通の土だけが使われていた。
だが、稀に。
火床の縁から内側にまで、
赤い泥を厚く塗り込んだものがあった。
それが本当に辰砂なのかは、
正直、見てわかるものではないが。
疑わしきは避けるに限る――
「この炉は取り壊す、
これ以上、使ってはいかん」
加茂臣古道が民に指示を出す。
「俺らの煮炊きはどうするんだ」
当然、住人からの声が上がる。
「隣の炉を借りてください、
後ほど、村の広場にも共同の炉を用意します」
三輪之真人が民を落ち着かせていった。
――――――――――
「皆のもの、こちらじゃ」
環濠内の炉をすべて確認した後。
村の長であるコドウの声に従って、
加茂の民たちを、環濠の外に集めてもらった。
ぞろぞろと集まってくる人々。
その端で、幼い子が、赤い石へ手を伸ばした。
母親が、慌ててその手を引く。
「触るんじゃないよ」
その声には、昨日まではなかった、
丹に対する怯えが混じっていた。
「皆のもの、よく聞け」
コドウは背筋を伸ばし、杖を突きながら、
加茂の赤い斜面を背にして立つ。
加茂を率いる村の長からの話。
人垣のざわめきは、
ゆっくりと静まっていった。
「加茂の地に眠る丹には、
加茂の暮らしを豊かにする力がある」
皆、赤い地面へ視線を落とす。
「だが、その扱いを誤れば、
山の神の怒りにより村に災いが起こるだろう」
一気に空気が張りつめる。
「そのため、此度、山の神の御前に、
いくつかの禁忌を定めた」
丹を、口へ入れてはならぬ――
丹に、触れた手で、食べ物を掴んではいかぬ――
丹を、火へ入れてはならぬ――
「さらに、丹を扱う者たちを定める」
コドウの言葉を合図に、
人垣から、四人の古参の男たちが出てきた。
人垣からは「父」と呼ぶ声。
彼らの名を呼ぶ、親しい者たちの声があがる。
この加茂に長く根を張り、
村人たちからも信頼されている男たちのようだ。
「今日より、まず、彼らが丹守となる」
「に、もり……にもりってなんだ……?」
「あの赤い土でも守るのか?」
あたりがざわめく。
「丹守は、丹の扱いを守るもの、
彼らのおらぬところで丹を扱ってはならぬ」
要は、管理体制を整えようという話だ。
――――――――――
「ここまでする必要があるのか」
民の間から声が上がる。
人垣が割れて、一人の若者が姿を現した。
年のころは、マヒトと同じくらいだろう。
その日に焼けた腕は太く、節くれだった指には、
いくつもの小さな傷が刻まれていた。
「彼は、加茂の土床……。
土を掘り、石を割り、環濠の柵や、
炉を直すことに従事する若者にございます」
俺の隣で、マヒトが教えてくれた。
「こんなもの、子供でさえ触れてきた、
ただの赤い土だぞ」
「今さら禁じると言われてもなぁ……」
まわりからも同調の声が上がる。
「皆のもの、落ちつくのだ、
なにも、丹を捨てるわけではない」
コドウは、手を前に伸ばす。
「これは、丹の扱いを正し、
加茂の力に成そうという掟であるぞ」
なかなか、ざわめきは落ち着かなかった。
その時――
「うちの旦那は、もしかしたら、
丹で命を落としたのかもしれない」
人垣の、ひとりの老女が呟いた。
「すこし前に亡くなった、
あの竪穴の者たちも、もしかしたら……」
皆が抱えてきた不安が噴出する。
「丹が原因だと言い切ることはできぬ。
だが、その可能性を退けることもできぬ……」
コドウは、その重い事実を告げた。
「では、あの者たちも……」
「まさか……」
囁きが人垣の中を走り、
何人かは、青ざめた顔で天を見上げた。
理由のわからぬ病や、その死を、
村の多くが、目にしてきたのかもしれない。
神隠しと口を揃えていながらも、
皆、心を痛めていたのだ。
「あの加茂臣が言うのだ、
丹を奪うために言う人ではあるまい」
ひとり。
「まあ、炉も作り直すと言ってくれたしな……」
またひとりと。
掟を受け入れる空気が広がっていった。
――――――――――
加茂の民が落ち着いたころを見計らい
俺は、皆の前へ進み出る。
「丹を安全に扱う方法、
一度、確認したいのですが……」
そう言いながら、
俺は、加茂の者たちへ頭を下げた。
「加茂の赤い土については、
皆さまの知恵を、どうかお貸しください」
「マヒト様が連れてきた者なら……」
「まあ、力を貸してやってもいいが……」
戸惑いの声ではあるが、
反対の声は限りなく薄くなっていた。
掟を一方的に押しつければ、反発が生まれる。
だが、加茂の者たち自身の知恵から、
新しい掟の策定に関われば。
外から与えられたものではなく、
加茂のものとして掟を受け入れやすくなる。
これは、そのための儀式のようなものだ。
「それでは、実際に確かめてみましょう」
俺は、赤い斜面へ目を向けた。
「まずは、露天掘りから――」




