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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:春十章「名張の開拓」

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第百九話 榛原の伍:禁忌の代償

 それは昔。


 この加茂の地で起きた悲劇だった。



 ある土器職人が、子供たちのためにと、

 大量の丹を混ぜた鮮やかな粘土で、特別な器を作りあげた。


 それを集落の近くで、激しい火をおこして焼き上げた。


 すると、その職人は手を震わせはじめて、

 幻に向かって叫び、心を乱して暴れ。


 やがて、衰弱していき、死んだという。


 * * *



「あまりの丹の美しさに心を奪われたや、

 山神に魅入られたなど、今でも言われておる」


 加茂臣古道かものおみこどうの声は重かった。



「そういえば、この加茂の地では、

 昔から神隠しの話も多くありましたね」


 マヒトが、父の顔を見ながら呟いた。


「あれはそんなものではない、

 今だから言うが、謎の奇病のせいじゃ」


「奇病……」



「時折、竪穴の中で、朝を迎えた頃に、

 家族そろって謎の変死を遂げてることもあった」


 コドウは地面に視線をむける。


「そのたびに山神の怒りと村には伝えて、

 加茂の一部の者たちで内々に葬ってきたのだ」


 コドウの声は、ただ、静かだった。


 怒りでも、嘆きでもなく。


 ただ、長く抱えてきた罪の重みを、

 吐き出すかのように。



――――――――――


「加茂の奇病……神の怒りですか、

 丹と、火に関係があるかもしれませんね」


 俺の頭の「膨大な情報」が告げている。


 その症状に、心当たりがあると。


「先程おっしゃられた……丹と、火ですか……」


 マヒトが、かすかに息を呑んだ。



「土器職人は、を多く含んだ土器を焼いた」


 に火を入れると、

 人体に有毒な蒸気が発生する。


「竪穴での変死は、屋内の炉にが使われ、

 火に熱されたことが原因かもしれません」


 歴史にも記述される事故の数々。


 の危険性を知らない、この加茂で、

 それらが起こっても不思議はない。



「たしかに、この加茂では、

 炉の色付けにを練り込む者はいるが……」


「すぐにやめさせてください」


 俺は語調を強めた。



 * * *


 水銀蒸気の危険性――


 換気が十分なら、すぐに死に繋がらなくても。

 人体のなかに少しずつ蓄積されていく。


 それはまるで、死を告げる砂時計のように。


 * * *



に火を近づけない、

 それを絶対の掟にしてください」


 の本当の性質を、

 ここで、全て明かすつもりはない。


 だが、この禁忌の厳守だけは絶対に必要だ。


 の扱い方を誤れば、

 大勢の人の命が失われることになるのだ。



に、火か……」


「コドウ殿は、丹の危険性について、

 薄々、気づいておられたのではないですか」


 そうでなければの話の流れで、

 すぐに奇病の話は出てこない。



「そう、の危険性を訴えもしたが、

 村の誰も信じてくれなんだ……」


 コドウは、重い溜息をこぼした。


は、昔からこの地にある。

 祭場にも、壁にも、子供の手にも日常的に触れている」


 その目は虚ろであった。

 これまで、一人で抱えてきたのだろう。


「そんなものが病の原因になるはずもないと、

 だから、すべては神の災いなのだと誰もが言った」



「すべてが、のせいとは言い切れませんが、

 恐ろしい性質があるのは確かです」


「そうか、火であったか……」


 その顔は、どこか憑き物が落ちたようだった。



――――――――――


「加茂のは、

 やはり、忌むべきものなのか?」


「……いいえ、は優れたものですよ」


 俺は、はっきりと首を振った。


「正しく扱えば良いのです」



「丹は砕いて顔料にする、祭器や祭具に塗る。

 それだけに用途を定めること……」


 俺は、指を三つ立てる。


「そして、三つの禁忌があります。

 口に入れず、粉を吸わず、火に近づけず」


 静かになった竪穴の中で、

 俺の言葉だけが、静かに響きわたった。


 あまりの重い話に、

 マヒトも、声を出せないでいた。



「むずかしいことはわからぬ。

 だが、するべきことはわかった……」


 コドウが、静かに頷いた。


「神の怒りではなく、我らの手による、

 人の招いた災いだったかもしれぬのだな……」


 コドウは、囲炉裏の小さな火を見つめる。


 それは、まるで遠き日の記憶に、

 想いを馳せるかのように。



「長く考えてきたのだ……」


 コドウは静かに呟く。


「この地の神は、なぜ、こうも、

 民の命を無下に奪っていくのかと……」


 そして、横に顔を被り振る。


「だが、この加茂の地は……山の神は、

 災いなどもたらしてはいなかったのだな」



「……この地の自然は、とても美しいものですよ」


 昼にも似たことを言った。


 だが、今は、その重みがまるで違っていた。



――――――――――


「あいわかった」


 コドウは深く頷いた。


 出会った頃の、多くを諦めたような目に、

 活力が戻ってきているように見えた。


「おぬしたちを信じるとしよう、

 この加茂の自然と、を頼む……」


「父上、ありがとうございます」



「この加茂の地の名を貶めぬよう、

 そして、村の皆が胸を張れるように頼むぞ」


「はい、お約束いたします」


 俺は、加茂臣に深々と頭を下げた。



 * * *


 おそらく、マヒトが産まれるよりも昔。


 この、加茂の地に、

 大きな災いがあったのだろう。



 を原因とする、死の災い。


 それを忌避し、忌み地として、

 加茂の地を去った者も居たのだろう。


 それでも、加茂の民は、

 この加茂の地を守り続けたのだ。


 山に人が迷い込まないように。

 人が道を誤らぬように。


 榛原の案内人として――


 * * *



 俺は、手の中にある、赤い石を見た。


 見た目以上に重い。

 だが、その実際の重さよりも、


 ずっとずっと重たく、

 俺の手のなかに圧し掛かっていた。


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