第百七話 榛原の参:賢者の赤石
加茂の祭場を案内された後。
俺たちが案内されたのは、
環濠の外、山の斜面にある畑だった。
「他には、これといってないが……」
加茂臣古道が小さく呟いた。
「狩りの場には向いてそうだな」
タケが、あたりの山々を眺めて口元を緩める。
山の民として胸が躍るのだろう。
猪や鹿に加え、鳥の姿も多く見える。
その反面、傾斜の厳しい土地、
山肌にしがみつくような細い畑たち。
粟や稗、豆が植えられている。
だが、広大な平野に広がる、
波多の畑とは比べものにならないだろう。
「穀に期待はできんな」
タケが呟いた。
さらに、このあたりの土は薄く、石が多い。
鍬を入れるだけでも苦労しそうだ。
「恥ずかしながら、その通りでしてな、
細々とした穀が取れる程度」
コドウは苦笑した。
「恥ずかしいことではありません、
それが、土地の癖ですから」
俺は言った。
「波多のように農に向いた土地もあれば、
そうでない土地もあるというだけですから」
――――――――――
「加茂の木はどうでしょう、
古くから続く樹木が揃ってます」
マヒトが提案をしてきた。
「たしかに素晴らしい樹木ですが、
ここからだと運ぶのには苦労しますね」
傾斜が急で険しい山道。
伐採した木を、加茂で消費する分には良いが、
外の世界に運び出すとなれば話は別である。
木を切り分け、材として運ぶ方法はあるが、
それができるようになるまでが遠い。
「運ぶ方法ですか……、
名産品を探すのも一筋縄ではいきませんね……」
「まあ、慌てずにゆっくりと……」
俺は、畑の縁に転がる石。
その斜面にある土を見ながら歩く。
その、ところどころの土が赤みを帯びていた。
――――――――――
「……にぃに」
イミコが、俺の袖を引く。
「ん?」
「にぃにが、旗に書いた文字の……」
「旗に書いた文字……」
「うん。隠の旗の、あかいやつ」
「あっ」
以前、名張の旗に『隠』の字を描いた時、
俺は赤い土を探しまわった。
* * *
辰砂――
朱の顔料となり、
後の世では水銀の源ともなる鉱物。
その赤を含んだ土を探すのには、
ずいぶんと苦労をした。
赤く、乾いても色が残り、
布に乗せても、はっきりと見えるもの。
だが、これは、
ただ赤いだけの土ではない。
後の世の錬金術の世界においては、
その「賢者の石」という言葉にも繋がっていく。
* * *
「そういえば……このあたりの土……」
俺は、斜面に見える、
赤みを帯びた土に視線をむける。
名張で取れないわけではない。
他の地域でも、隈なく探せばあるだろう。
だが、ここはどうだ。
「どうかされましたかな」
コドウが振り返る。
「この赤い土ですが……」
「……ああ、この、丹がなにか?」
コドウは訝しげな表情を浮かべる。
「私も幼きころ、これらの丹を、
壁に塗り込んだものです」
マヒトは懐かしそうに。
丹と呼んだ、その赤い土に手を伸ばした。
「そういえば、加茂の外では、
あまり丹を見かけませんね……」
「そう、でしょうね……」
* * *
後に編纂される「万葉集」には、
宇陀の真赤土を詠んだ歌が残る。
このあたりは「赤土の地」として名を残す。
* * *
だが、今はまだ、ただの赤い土。
たまに塗料に用いる程度の、変哲もない土。
子供が手を赤く汚し、祭場や壁土に少し混ぜる。
その程度の、ありふれた山の土。
そう、思われているのだ。
これは、見つけたかもしれない――




