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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:春十章「名張の開拓」

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第百五話 榛原の壱:加茂臣古道

「まるで別の世界だ……」


 榛原は、山に呑まれていた。



 俺は、切り立った崖の縁に立ち、

 そこから見える絶景に心が奪われる。


 青空の下、緑の尾根が幾重にも重なり。


 近い山は濃く、遠い山は霞み、

 その境は空に溶けていた。


 谷の底では水が陽を弾き、

 白い光だけが、遠くに煌めいている。



――――――――――


「……にぃに、からす、いっぱい」


 イミコが、空を見上げた。


 カア、と一声、崖の向こうから、

 力ある声が山を渡る。


 遅れて、遠く、別の方角から、

 応えるようにもう一声。



 俺も、空を仰いだ。


 青の中を、黒い影が横切っていく。


 大きな翼が風に乗り、

 尾根の向こうへ消えていった。


 声が山に溶け、しんとなる。


 そして、また風が来て、葉がざわめいた。



 * * *


 以前、名張から三輪へ向かった時、

 俺たちは宇田川のほとりで野営をした。


 あの場所から西へ進めば、三輪へ至る。


 そして、南の山道へ入れば、

 この榛原の加茂の地へ向かうことになるようだ。


 道をひとつ違えるだけで、

 そこに見える景色が、まるで違っていた。


 * * *



「このような山道で、申し訳ありません」


 三輪之真人が、少し申し訳なさそうに言う。


「私たちのほうからも、

 近いうち、三輪に伺うつもりでしたから」


 今回、俺たちは三輪へ向かう途中の宿に、

 マヒトの案内で、加茂の環濠へ寄るという形となる。



 元々、マヒトは、

 名張の市庭に品を届けること。


 そのまま、俺たちを、三輪へ連れてくること。


 その二つを、三輪君に命じられたらしい。


 ただ、今回は、急ぎの呼び出しではないようだ。

 だからこそ、道中で榛原の加茂に立ち寄る余裕があった。



「手厚い用意もされてますので、お気になさらず」


 三輪側の用意は驚くほど手厚かった。


 俺と、イミコのためには、

 山道用の「背負い」が何人も用意されていた。


 足を取られれば、すぐに大人が、

 俺達を背負えるように控えているのだ。



「ふむ、いい獲物が獲れそうだ……いい山だな……」


 名張からは那婆理之稲置武なばりのいなきたけ


 那婆理の民が二人が、

 護衛と、付き添いとしている。


 名張の童に、火に巫女として、

 俺達は三輪からの手厚い案内を受けていた。



――――――――――


「ここが、加茂の環濠です」


 マヒトが静かに言った。


 その声には、誇りと、

 わずかな痛みが混じっていた。



「ここが……」


 山裾に作られた環濠は、小さかった。


 木柵は古く、ところどころ傾いている。

 土塁も名張ほど高くはない。


 谷の斜面に細く畑が拓かれているが、

 広い田畑とは呼べない。


 倉も小さく、人々の衣も地味だった。



 だが、貧しさだけではなかった。

 環濠の奥には古い祭場らしき場所がある。


 石が丁寧に並べられ、

 その周りだけ草が払われていた。


 暮らしは細い。


 けれど、ここで、

 彼らは何かを守り続けている。


 そんなことを感じさせる土地だった。



「美しい場所ですね」


 俺がそう言うと、

 マヒトは、少し驚いたように瞬きをした。


「……笑われるかと思っておりました」


 マヒトは視線だけを環濠へ戻す。


 その横顔は、三輪之真人としての、

 落ち着きではない。


 榛原という実家に戻ってきた、

 ただ一人の若者の姿である。



――――――――――


「マヒトか」


 環濠の内側から老人の声がした。


 木柵の向こうから、

 ひとりの老人が歩いてきた。


 痩せた身体に、古びた衣。

 しかし、その背は曲がっていない。


「父上」


 その声を聞いた瞬間、

 マヒトの背筋がわずかに伸びていた。



「ふむ、お客さんかのう」


 その老人が、マヒトの後ろに視線を向ける。


「私は、加茂臣古道かものおみこどうと申す、

 この榛原はりはらの加茂を預かる者だ」


 老人は立ち上がり、そう名乗った。




 加茂臣古道かものおみこどう――


 貧しき山の環濠を守る老人。


 その背後で、黒い鳥が一羽、

 バサバサッと木々の上を横切った。



 まるで、俺たちを、


 この古い道の先へと案内するように。


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