第百一話 環濠の外にいるのは野盗
「今日は、こんなところです」
道作りの話し合いを終えた頃。
春の陽は、
少しだけ西へ傾いていた。
名張、三野、波多の者たちが、
それぞれの環濠へ帰り支度を始める。
そんな時だった。
「あれはなんでしょう」
俺は、山道の先に人影を見つけた。
木立の陰に、三人か、四人。
こちらに近づいてくるわけではない。
だが、立ち去るわけでもない。
一人は細い棒を握り、
もう一人は、こちらの荷を見ている。
その衣は土に汚れ、
膝のあたりが裂けている。
名張の者ではない。
だからといって、
三野や、波多の者とも違っていた。
――――――――――
「あれは野盗だな、近づくなよ」
イワホコが、ちらりと目を向ける。
「野盗……?」
「どこの環濠にも居られなかった連中だよ」
その声に、いつもの軽さはない。
「名張が病にやられた時、
カヤたちが、外へ出ていっただろ?」
「そんなことも、ありましたね……」
今では名張の村に戻り、
立派な環濠の一員になっている。
「どこかに拾われなきゃ、
あいつらも、ああなっていたってことだ」
「なるほど……」
俺は、もう一度、木立の陰を見る。
「野盗、その数は、
どれほどになるんですか?」
「十程度の集まりが多いだろうな」
隣から、クロイが声をあげた。
「環濠を攻め落とすほどの力はない。
だが、放っておくこともできぬ」
眉間にしわを寄せながら、
クロイは、苦々しい声を漏らした。
「野盗を討つことは、できないのですか?」
「森の深くや、山奥に潜むので、
追い払うので精いっぱいなんですよね」
ナトリが苦々しげに頷いた。
「それに、狩りをして生きる流れ者も多く、
目に見える野盗を追い払ったところで、
別の者が流れてくるのです」
「なるほど……」
* * *
元々、人の暮らしに、
環濠などは存在しなかった。
木の実を拾い、獣を追い、
野に寝て、山を渡る生活をしていた。
そこに環濠を築き、集落を作り始めたのは、
田畑を耕し農業を起こしたからだ。
つまり、あの「野盗」のほうが、
人間本来の姿であるといえるのかもしれない。
* * *
「ひとえに野盗と言っても、
本当に、様々な者たちがいるのですね」
「中には、野盗の集まりが数を増やし、
新たな環濠に発展することもありますよ」
ナトリが続けた。
「……まあ、ですが、
多くは分裂を繰り返しますがね」
掟に従わない者たちが集まり、掟を作る。
そして、また掟に抗う者たちが現れて、
集落を割っていくのだろう。
――――――――――
「あのひとたち……、
かえる、おうち、ないの?」
イミコは、話を聞きながら、
その遠くの人影を見つめていた。
「まあ、そういう者たちも、いるだろうな」
イワホコが困ったように頭をかく。
「おなか、すいてるのかな……」
「腹を空かせていても……、
人を襲う、恐ろしい者たちだからな」
相手に同情するなと言いたいのだろう。
「……うん……」
イミコも、その言葉の意味は理解している。
ただ、少しだけ肩を落としていた。
「相手を哀れむのと、道を守ることは別です」
クロイと、その配下の数人が斧を手に、
野盗へ向かって一歩前に出る。
木立の陰の者たちは怯んだように見えた。
それでも、完全には去らない。
こちらの人数、荷の有無。
積み石の位置を測るように見ていた。
「我らは、あれらから、
環濠の生活を守ることを考えねばならぬ」
野盗に視線を向けたまま、
クロイは、背中越しに語った。
そこにあるのは、武人の姿であった。
――――――――――
「あれが、野盗……」
荷を狙う者の存在を考えてはいた。
だが、頭で描くことと、
目の前に立たれることとは別である。
実際に目にすると、
その重みは、まったく違っていた。
「なんでも知ってそうな顔をしているが、
たまに、こうして知らねえことがあるんだよな」
イワホコが、にやりと笑った。
「それはそうですよ」
俺の頭の中にある「膨大な知識」は、
あくまで後世に残された情報群に過ぎない。
後世に残るのは、
王の名や、戦や、墓の形だ。
だが、環濠の外に落ちた者たちが、
どんな生き方を送ったのか。
そんなものは、
どこにも残されないのだ。
木立の陰へ視線を戻すと。
すでに、そこには野盗の姿はなかった。
ただ、踏み倒された草だけが。
春の山道の向こうに、
ただ、不気味に残されていた。




