第百話 道をしめす標
「道の幅は、どのようにする?
二人分程度で良いか?」
波多のコダカが声をあげた。
「どうせなら広くとれば良いではないか」
三野のイワネも、続いて声をあげる。
これまた両極端に意見が割れた。
――――――――――
「コダカ殿に、イワネ殿、こちらにどうぞ」
そんな二人に対して、
俺は、前へ出るように促した。
「用意してある荷を背負って、
お互いに道をすれ違ってください」
そう言いながら、
俺は、大人二人が通れる幅に石を置いた。
長さにして三尺、
幼い子供を横たわらせた時の長さほどだろう。
「どうぞ」
「まかされよ」
二人は荷を背負うと、
互いに向き合い、道を歩いて横をすれ違う。
「おっ」
すぐに、お互いの荷がぶつかり合った。
大人が二人通れる程度の幅では、
当然だが、狭すぎる。
「実際には、どちらかが道の外に、
足を踏み出して避けて通れるでしょう」
だが、それではいけない。
「それでは道として足りていない。
また、避けかたで争いの種にもなります」
人の行きかう交易路には、様々な者が通る。
「荷を背負ってもぶつからない、
道は、そんな幅にする必要があります」
俺は、地面に置いた石を動かし、
道幅を少し広げる。
次の長さは七尺ほど。
大人が横になり、
さらに、頭二つ分ほど足したくらい。
「もう一度、お願いします」
「おお、これならぶつからないぞ」
コダカが、年甲斐もなく喜んでみせる。
「もっと、ずっと大きく、
広げてしまえば良いのではないか」
イワネが不思議そうな声をあげる。
「道を広くしすぎると、作るのが大変ですし、
その後の手入れも重くなります」
人の力には限りがあるのだ。
「大の男衆が大股三歩を取れば、
おおよそ、この程度の幅になるでしょう」
「おお、たしかに……なるほどなぁ……」
イワホコが実際に歩き、
何度も、繰り返し確かめていた。
できる限り労力を減らす工夫は必要だ。
馬車や、牛車など使えるようになれば、
将来的には道を広げる必要も出てくるだろう。
だが、しばらくはその必要はない。
今、この世界の正確な年代を、
測ることはできないが。
馬が、この国に流れてくるのは、
ずっと後の話になるだろう。
――――――――――
「道の幅を決めた後は、
内側の草をむしり、石を取り除きます」
「……わー……にぃに、ぬけた……」
ぶちり、ぶちり。
青い草の匂いが、
春の空気に立ちのぼる。
イミコが、小さな草を両手で持ち上げた。
「おお、上手だな」
「ぅん……!」
地表に見えている草をむしる。
それはそれで大事だが。
実際の作業は、それよりも重い。
「なんだかんだで、
これが一番大変なんだよな」
イワホコが、木鋤を振り下ろした。
ざくざくと道幅に定めた土を掘り起こす。
そして、地に埋まる石を取り除き。
さらには地中に巡る樹木の根を引きちぎる。
手つかずの荒地の根は太く、
複雑に絡み合っている。
抜根と呼ばれる工程に近いだろう。
これらは、ひどく重い力仕事となる。
「ですが、これをしておけば、
道を歩く人たちの足が守られます」
俺は、丈夫な木の棒を持ち、
掘られた土の中をガリガリと引っかきまわす。
土の奥にある根を浮かせていく。
「たしかに足まわりは大事だな……っと」
イワホコの木鋤が、浮かせた根を両断した。
この時代の人は、基本的に素足である。
日常の暮らしのなかで足の裏は厚くなっている。
だが、それでも、
足元次第で簡単に傷を負う。
そして、そんな傷口から、
簡単に命を落としてしまうのだ。
「たしかに、足元は大事だったな……」
古参のイワネが深く頷いた。
険しい道歩きにも慣れた歴戦ゆえ、
逆に、見落としがちになる問題だろう。
――――――――――
とりあえず、試しの一部分だけ。
その、あらかたの草むしりと、
石を取り除き終わり。
「次に、道の両端に石を並べます」
今、取り除いたばかりの石たちも、
まとめて並べていく。
すると道の両端に縁ができあがる。
「石の形は揃ってなくても構いません、
大事なのは、道の縁が見えることです」
「こんなことにも意味があるのですか?」
ナトリが聞いてきた。
「道の両端に石を並べることで、
雨の時、道の外側に、土が流れるのを防ぐ、
最低限の土留めになります」
「なるほどな、よく考えるものだ」
「そして最後に……」
俺は、大きめの石を抱えた。
道に敷いた縁石の、
その、さらに外側へと置いた。
「こうして、一定の距離ごとに、
道の外に見えるように石を積みます」
置いた石の上に、
さらにひとつ、ふたつ。
小ぶりの石を、いくつも重ねていく。
道を歩きながらでも、視界に入るように。
「これは一体……」
「草が伸びて足元を隠しても、
この積み石があれば、道だとわかります」
登山道などに設置する目印のようなものだ。
自然にある木や、岩だけを目印にすると、
人はすぐに道を見誤ってしまう。
だから、こうして、
人の手で積んだものを目印にするのだ。
「ひと休みしたくなる程の距離に、
それぞれ、この積み石を作りましょう」
「次の積み石まで歩けば休める。
そう思えるだけで、荷運びも助かりますな」
コダカが同調する。
「若いのが泣き言をあげれば、
次の積み石まで歩けと言えばよいのだな」
イワネが、大きく口を開けて笑っていた。
それぞれの声が飛び交い始める。
――――――――――
「よし、大体のことは分かりました」
ナトリが顔をあげた。
「あとは我らも、それぞれの環濠から、
名張にむけて道を伸ばすとしよう」
クロイの声に、
まわりの者たちが大きく頷いた。
草をむしっただけ。
石を並べては、積んだだけ。
三輪の国のような固く整地された、
立派な道とは、まだ呼べないかもしれない。
それでも、先ほどまで獣道だった筋に、
人の歩くべき道が見えてくる。
名張と、三野と波多――
それぞれの土地から伸びる、
その細い筋が、一本に繋がっていく。
そんな未来の道が。




