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卑弥呼転生 ~現代知識で邪馬台国を作り、倭を統べる兄~  作者: 露李鈴
186年:冬九章「三野の大乱」

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第九十八話 はじまりの山小屋

 山小屋の戸を押し開けると、

 乾いた木と、薄い埃の匂いがした。


 冬の間、ずっと誰もいなかった場所だ。


 壁際の籠にも、目のまえの床にも、

 うっすらと埃が積もっている。


 囲炉裏の灰は冷えきり、

 小屋の中の空気も、どこか硬い。



「……ひさしぶり」


 隣で、イミコが小さく呟いた。



「まずは、少し掃除するか」


「うん」


 床に落ちた枯れ葉を拾い、

 壁際の埃を払う。


 古い灰を囲炉裏の端へ寄せていった。



――――――――――


 あらかたの掃除も終わったあと。


「よし、できた」


 俺は、火きり弓で、

 あっという間に火種を起こした。



 この世界で目覚めたばかりの、あの日。


 粗末な素材から、俺が作った道具とは違う。


 名張の村から頂いた、

 しっかりとした火起こしの道具。


 そして、すっかり慣れた手付きの、俺。


 はじめの日とは、

 その、なにからなにまでが違っていた。




「これでいい?」


 俺が、言わなくても。


 イミコは、小さな手で、

 いくつもの乾いた枝を持ってきた。


 村での生活を過ごし、

 イミコも、やることをわかっていた。


「ありがとう、イミコ」


 囲炉裏の上に細い枝を組み、火種を移す。


 最初は弱々しかった火が、

 やがて薪の端を舐め、ぱちりと小さな音を立てた。



「ついた」


「ついたな」


 イミコは、嬉しそうに囲炉裏の前へ座る。


 そして、いつものように、

 すこしだけ俺の肩に身体を預けてきた。


 そんな、すべてのことが、

 もうひとつの流れとして完成されていた。



 寒さに震えながら、

 食べるものを分け合いながら。


 明日をどう生きるか、

 それだけを考えながら震えていた、あの日が。


 今では、ずいぶん、遠いことのように思えた。



――――――――――


「……にぃに」


「ん?」


「三野のみんな、なかなおりしたんだよね?」


 イミコが、火を見つめながら言った。


「ああ……そうだな、ひとまずは」


「ひとまず?」


「まだ、全部が終わったわけじゃないけど、

 話はできるようになったと思う」


 クロイが、新たな三野臣みののおみとなった。

 割れかけた三野は、ひとつの形を取り戻した。


 まだ、悩みの種は尽きないけれども。



「……まあ、きっと、大丈夫だよ」


「ん……っ」


 イミコは嬉しそうに頷いた。


 そんな素直な笑顔に、

 俺は、これまでも救われてきた。



――――――――――


「色々なことがあったなあ」


 俺は、囲炉裏の火を見ながら息を吐いた。


「いろいろ?」


 イミコは小首を傾げた。


「ああ、かなり、いろいろだ……」



 この身体に転生してから、

 気づけば、一年ほどになるだろう。


「最初は、イミコと、

 生き延びることだけを考えていたけど……」


 それが、名張村に関わり、三輪国と話をつけ、

 三野とは戦をするまでに至った。


 別に、俺は、国を作りたいわけではない。


 イミコを守りたかった。

 ただ、それだけ、だったはずなのに。



「マヒトや、三輪のおじいちゃん……、

 いろんなひと、いっぱい……」


 イミコが、指を折るようにしながら言った。


三輪君みわのきみか、あれは怖かったな……」


「三輪のおじいちゃん、こわい……?」


 イミコは不思議そうに首を傾げた。

 特に、彼女は畏怖を感じて無いようだった。



「正直……怖いな、でも、悪い人ではない」


「こわいけど?」


「怖いのと、悪いのは、少し違うんだ」


 三輪君は、名張の大きな後ろ盾になった。


 だが、それは同時に、

 名張を見定める者でもある。


 今回の三野の大乱の顛末を、

 三輪君が、果たしてどう見るのか。


 それが、まだ分からない。


 だからこそ厄介だ。




「そういえば……」


 ふと、三輪山みわやまの麓が頭に浮かんだ。



 * * *


 あそこに近づいた時、

 イミコの勾玉が、わずかに熱を帯びた気がした。


 気のせいだったかもしれない。


 だが、あそこには、ただの社でも

 山でもない何かがあるような気がする。


 この時代の人々が、神の山として畏れるもの、

 その片鱗を確かに俺は感じた。


 そして、翡翠の勾玉が示した、

 あの反応だけは、妙に頭の奥に残っている。


 * * *



「にぃに?」


 イミコが覗き込んできた。


「また、むずかしい顔してる」


「あ……悪い」


「にぃには、がんばってるよ」


 囲炉裏の火が、ぱちりと爆ぜる。



「俺は、頑張れているかな」


「うん」


 イミコは迷わず頷いた。


「にぃには、イミコを守ってくれてる」


「それは当たり前のことだよ」


「名張の村のみんなも、守ってる」


「そうするしかないからな」


「だから……」


 イミコは、俺の頭に、

 ぽんぽんっと手をのせてきた。


 いつも、俺が、イミコを褒める時のように。



「イミナも、褒めてくれるよ」


 イミナ。


 この身体の本当の持ち主。


 イミコの本当の兄。


 俺は、その名を借りていた。


 その身体を、立場を、妹を、

 そのすべてを受け取ってしまっている。


 そんな俺を、あの子は、

 本当に許してくれるだろうか。



「そうだと、いいな……」


「うん。ぜったい」


「絶対か」


「ぜったい」


 そう言いきると、

 イミコは、囲炉裏の火へ視線を戻した。


 その横顔は、どこか大人びて見えた。



――――――――――


 俺達の山小屋の中に、

 少しずつ、温もりが戻っていく。


 冷えた床に、埃をかぶった壁。

 長く火のなかった囲炉裏。


 それらが、ぱちぱちと鳴る火にあわせて、

 ゆっくりと息を吹き返していく。



 この冬の間に、

 名張は大きく変わった。


 三野も変わった。


 そして、俺たちも変わった。


 けれど、この山小屋の火のぬくもりは、

 なにも変わっていなかった。


 すべての始まりが、

 まだ、ここに残っているような気がした。



「もっと、イミナに褒めてもらえるよう、

 二人で頑張らなきゃな」


 俺は、イミコの小さな手を、

 そっと握り返した。



 小屋の外では、

 冬の終わりを告げる風が、


 山の木々を、

 静かに揺らしていた。




■ 186年:冬九章「三野の大乱」 ~完~

次からは、十章「名張の発展」編が始まります。


三輪との話し合いがはじまり、道の整備を行い、

どんどんと周辺を豊かにしていく流れを辿ります。


ただ、その水面下に忍び寄ってくる影。

次の大戦にむけた各所の智謀策謀の応酬を、お楽しみください。

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