九拾肆【討ち入り】
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ギィィィ
バシャ
秋山藩の水門が開く。
篝火のせいで逆に黒い影になっている海鼠壁から二つの影が飛び出して片方が叫ぶ。
「その舟、待たれよ。
大坂西町奉行所から荷検めである」
いつの間にか灯る奉行所の御用提灯の光。
それが、水門の脇の階段をおりていく。
「これは意なことを、ここは秋山藩の蔵屋敷ですぞ」
船頭が声を張り上げる。
「わかっている。荷を検めさせなさい」
声をかけているのは、与力姿の百沙衛門。右手に紫の房の十手、後には御用提灯を掲げた七兵衛。
「そんな事ができると思っているのか」
「できるから言っておる。それとも何か?見られて困るものが積まれているのか?そうでなければ荷を検めさせれば済むことだ」
「しかし⋯⋯とりあえずお乗りください、中の舟入りには藩の役人もおりましょう」
「うむ」
水門の外で、舟に乗り込む。
「なんだなんだ」
「何事ですか!」
舟入の縁から、徒士達が舟に向かって叫ぶ。
それに、もう一度百沙衛門が告げる。
「大坂西町奉行所からの荷検めである、この蔵屋敷に不審な荷があると通報を受けて、確認に参った。
蔵屋敷役人の、上野澤次朗殿はおられるか!」
すると、男たちが居並ぶ間から一人の男が出てくる。
「私は名代の安仁村ともうします。この藩の役人は上野澤次朗と申しまして、今は殿に呼びつけられて江戸に向かっております」
「殿?誠か?秋山藩主はそんなことはしていないと聞き及んでおる。
むしろ、この蔵屋敷の荷検めに協力して、藩の潔白を明らかにしたいと、秋山家ご嫡男の義敦殿の一筆を頂いている。
さらに、大坂西町奉行でありながら大坂城代からも、蔵屋敷検めをするよう指示書がある。これこの通り」
と二枚の紙を示す。
「そちらを見せてもらっても?」
「うむ、しかと確かめると良い。
これらは、割り印を押した控えであるからな。破ったり燃やしても無駄だ」
舟から降りて、百沙衛門がその紙を安仁村に渡す。
「むぅ、大坂城代の書状は納得したが、若のこちらの紙はいつ?」
「今、義敦殿は大坂におられるからな」
「そ、そんな」
「名代!」
「あちらを」
男たちに声をかけられて顔を上げると、土佐堀川側の裏御門から複数の御用提灯が入ってくる。
「も、もはやこれまでか」
「では、どうぞご自由にお検めくださいませ」
そうして、安仁村が踵を返して、御殿の影に消えていく。
「鉄蔵から調べよう」
「「「はい!」」」
「各々方はそこで動かぬように」
バタンバタンバタン
ガラガラガラガラ
どんどんと開けていかれる、御殿や蔵の扉。
「どうなるんだ⋯⋯」
「ヤバいもん運んでたからなぁ」
「藩役人の上野澤様は蔵屋敷の中は幕府や町方には入れぬ場所だからと言ってたのに」
「入って来てるじゃねえか」
「おい、お前、この鉄蔵の鍵は?」
御鉄蔵の前で同心が下級武士に聞く。
「それは⋯⋯役人か名代が持っておりまして」
「おい、誰か、さっきの名代へ鍵を」
「百さん!」
ヒュッ チャリッ
暗闇から女の声がすると同時に、百沙衛門が飛んできたものを掴む。
「鍵が飛んできたな」
ニヤリとしながら隣の武士にその鍵を見せる。
「そ、それです、ここの」
「百沙衛門様!大筒が!それに硝石も」
舟から七兵衛が叫ぶ。
「わかってるよ」
「なに」
「大坂の廻船問屋の管轄ではない船をしらべたのさ。そしてご禁制の品々を運び出したことがわかっていたから泳がせたのだ。ここに入ると見越して」
「そんな⋯⋯」
「俺達はただの雇われ人足だ!」
「これは鉄くずだと聞いていた」
同心たちに囲まれて舟でやってきた人足は、縛られながらも往生際悪くあがいている。
「ほう。それは誰に?」
「もちろん廻船に乗り込んでいる旦那に」
「だからそれは誰なのだ」
「坂伊利継とか言う偉そうなガキです」
「もとは良い所の武家の出らしいんですがね」
「ああ、利直の弟ってやつか。一覧に載っていた」
「利直?」
「知らぬか。この大坂に阿芙蓉を運んでお縄になった」
「ひぃ」
「亜芙蓉?そんな物見たことねえな」
「樟脳なら運んだがな」
「それだ!坂伊利直は阿芙蓉を明からの樟脳だと謀って持ち込んでいたのだ」
「そ、そんな、そんなものとは知らなかった」
「旦那!正直に言います!その樟脳だと思ってた物はまだこの御殿にありまっせ。
ほら、正直にいいましたから!少しはお目溢ししてくださいよ」
人足たちはなおも、自分の命をつなごうと必死に喚いていた。
「裁くのは、奉行だ」
「ううっ」
「まあ、これまで何を運んできたか、正直に言うなら御奉行に口添えしてやろう」
「「へい」」
一方その頃、東次郎達は徒士たちとやり合っていた。
カンカンカン
バシュッ
ドスッ
「ううっ」
「大坂の町方はこんなに強いのか?」
「おいおいおい、お前たちが弱すぎんじゃねえか?
いくら米蔵の番が仕事とは言え、一応武士だろう?」
普段百沙衛門や瑠璃と稽古で対戦することはないが東次郎とて、大坂の町方として鍛えている。破落戸にやられてるようでは町方は務まらぬのだ。
「なんだと?」
「そんななまくらで、よくもまあ謀反を考えるなんて」
「謀反?何のことだ?うわっやめろっ。藩に仕える武士を捕らえることが許されると思ってるのか」
「今は、許可が出てるから武士をひっ捕らえられるんだよ」
「なに⋯⋯」
「この蔵屋敷にはご禁制の武器が山と持ち込まれているのはわかっているだろう?」
「しらぬ」
「お前ら、秋山様の家臣なのか?」
「そうだ」
「では秋山藩主の嫡男の名前を言ってみろ」
「若の名前は秋山⋯⋯長く帰っておらぬから忘れた」
「では隣のお前は?」
「覚えておらぬ」
「はあ?誰か覚えておらぬのか?」
「「「⋯⋯」」」
「だんまりか。お前たちの頭の中は鶏か?次の雇い主の名前を忘れるとは、本当の主は誰だ」
「某は秋山藩主の武士である」
「私もである」
「じゃあ藩主の名前は覚えているんだろうな」
「殿の名はえっと⋯⋯一郎だ」
「ばかじゃねえ?」
ガシッ
「イテッ」
「あ、思わず殴っちゃった」
「東次郎様!やりすぎです」
同心がたしなめる。
「分かったことは⋯⋯こいつらは秋山藩主を知らねえんだ、誰が連れてきたんだろうな」
「そうですな」
「とりあえず、ひっ捕らえて良いと許可を出したのは誰だと思う?」
すっかりうなだれている武士たちを見回す。
「「「⋯⋯」」」
「びっくりするよ。なんと、江戸の老中様と、松山藩の嫡男だ。つまり、お前たちが名前を知らぬ若様だ」
「そんな」
「討ち入りまであと数ヶ月だというのに」
「これまで潜んでいたというのに」
「お仲間が江戸で失敗したから」
「なんだと!」
「ま、そういうことで⋯⋯とりあえず。引っ立て!」
「「「はっ」」」
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