九拾弐【秋山藩の跡取り】
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しばらくして茶坊主が番茶と茶菓子を皆に配って出ていった。
「姫装束の瑠璃殿が同席していると、皆が良いところを見せようと、すんなり検めを納得してくれたのでよかった」
上座に並んで座る重蔵に声をかけられる。
「お役に立てて、よろしゅおした」
「うむ。
では、改めて秋山藩蔵屋敷の詳しい話を、瑠璃殿にお願いしてもよろしいですか?」
「そうですねぇ」
公家の姫の格好のまま、蔵屋敷に潜り込んだことを言わされるとは思わなかったが、涼しい顔を保っている。
皆の前には、簡単に書き出した秋山藩蔵屋敷の配置図が広げられていた。
「うちが見れたんは御殿のうちの母屋側。奥の間と中頃の続き間は御殿様の寝起きには使っていないからと、完全に物置になっていて、座敷の床下と押し入れいっぱいに大筒らしきもの、短筒、刀などが押し込められています」
飾り紐をぐるぐると巻いて閉じられた檜扇で図を指し示す。
「姫が見られたのですか?」
秋山義敦が当然の疑問を口にするが、瑠璃から肯定するわけはない。
「瑠璃姫の話を最後まで聞きましょう」
それを百沙衛門が遮ってくれた。
「御殿と長屋の間にあるこちらの御鉄蔵は土や鉄でできた器や鍋、反物などおよそ秋山藩の地域の民芸品が收められているだけです」
「うむ」
「そして入札役所近くのこちらの御鉄蔵のほうですけど、こちらにも大筒、短筒、刀を始め、大量のススキ花火、硫黄の塊、そして亜芙蓉がございました」
「それの一部がこれらだ」
図面の横に百沙衛門が一つの包を置き、広げる。
「短筒にススキ花火、硫黄、その上に阿芙蓉とな⋯⋯我が藩も改易されそうだ」
「だが、此度の件は知らぬのであろう」
「無論でございます。だが知らぬ存ぜぬだけでは、免れることは出来ぬのでありましょう」
義敦がすがるような面持ちで重蔵を見る。
「同じ北国ゆえと、元大老が改易されてから流れてきて秋山藩に仕える家名を書き出しておいてくれ」
「は、かしこまりました」
「父上、元大老寄りの武家の一覧を見せたほうがよろしいのではありませぬか?」
「そうだな、たしか写しが⋯⋯」
「某が取って来ます」
「場所は分かるか」
「はい」
百沙衛門が退出した。
コーン
手入れされた庭から鹿威しの音が響く。
秋口の風に揺れている萩に慎ましい花が彩りを添えている。
「一覧などがあったのですか」
東町奉行の瓜生が聞いている。
「うむ。先日百沙衛門が老中のところから、写しを江戸から持って帰ってきたのだ」
「はるばる江戸から」
「百沙衛門も不時登城のおりに上様お側に控えておったのだ。それに、元はと言えば大坂から始まったような事柄ゆえ」
程なくして戻ってきた百沙衛門が持ってきたのは、大坂にたどり着いてから綴じたものだった。
「お待たせいたしました」
「いや、早かったな」
「片付けたのは某でしたからな」
瑠璃は文机を引き寄せ、新しい紙を広げておく。
「ええと、坂伊保志の改易の後に秋山藩が召し抱えたのは、上野澤、大小曽川、福山下、八木橋⋯⋯」
そして義敦が読み上げる名前を書き留めていく。
「むぅ⋯⋯聞き覚えのある家名ばかりだな」
「誠に」
「だが、半数は掴まった者の家だな」
「なんと⋯⋯我が藩が潜伏に使われるとは、まこと心外でございます」
「うむ、瑠璃姫、書き留めご苦労。老中に走らせる手紙に足させてくれ」
「へえ、どうぞ。
あと、蔵役人名代の安仁村という人は?あの人が夜中に舟入の門を開けて、徒士や人足を動かしてましたえ」
百沙衛門が頷く。
「そうだな、安仁村も捕まえてみないとだな」
それも書き足す。
「安仁村は大老筋とは関係ないと思っていたがな」
「そうなのか?」
「うむ⋯⋯だがわからぬ」
義敦が眉間に皺を浮かべてそれを抑えるように親指で抑えていたが。ふと表情が変わった。
「それにしても、このような美しい姫を奥方にされる百沙衛門殿が羨ましいですな」
「であろう、姫も百沙衛門と江戸に行かれておったのだ」
自慢げに言うのは父親の重蔵の方だ。
「婚前の旅とはますます羨ましい」
「そうだったらいいのだが、お役目だったのだ」
正直な話、物見遊山は全然出来なかったと百沙衛門は思っていた。
「お役目?瑠璃姫もですか?
そういえば先程は我が藩の蔵屋敷の様子を、瑠璃姫が見られたと仰ってましたな」
自分では応えず閉じたままの檜扇で口元を隠して微笑んでおく。
「ああ、他の町方には出来ぬからな。
瑠璃姫、今宵西町奉行所から秋山藩の大坂蔵屋敷には抜き打ちを装って検めに行く」
せっかく黙ってたのに話しかけられたら応えなければならない。
「へえ、分かりましたえ、御奉行様。
そうや、義敦様、蔵屋敷の女中をされてる、おてるさんってご存知ですか?」
「おてる?さあ存ぜぬな、中間の嫁かな。蔵屋敷には国元からは連れて行かぬ決まりだが」
「そうですか、上方の人の話し方ではありまへんでしたから。それより身重や言うてらしたから、今夜の検めで驚かなければええんやけどね」
「それな瑠璃姫ら、目明しの寅治に言っておきますよ」
いつもの馴れ馴れしさを押さえて弟のほうが言う。
「おおきに、東次郎はん」
「?公家のお姫様なのですよね?瑠璃姫様は」
「公家にも色々あるのだ。瑠璃姫は今、お主のところの⋯⋯秋山藩の長屋に住んでいる」
「は?」
「賃借してるおるりいいます。秋山義敦様、改めてよろしゅうおたのもうしますね」
「は?あんなところに公家の姫が?」
「今だけだ。さて瑠璃、今宵は長屋に帰るのか?」
「へえ百沙衛門様。蔵屋敷のお検めですやろ、大事やさかい見届けますえ」
「うむ、では奥で用意ができたら出るか」
「へえ」
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