九拾弐【宵の荷入り】
今日はちょっと早めだけど
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「今夜は皆さん静かですねぇ」
朝の掃除が終わってつぶやく。
いつもなら、掃除や簡単な雑務以外にすることがない蔵屋敷の男衆は、床几に座って碁や将棋を差したり、それぞれが大事にしている盆栽の手入れをしたり、木刀の素振りなどをしたりしている。
あるいは、おてるの子供たちにちょっかいかけたりもしていたが、おてるが女中として暇を貰ってからは子どもの声もない。おてるはお産にそなえて実家に帰ったようだ。
実家が何処かとは聞いてないが、話し口調では上方ではなさそうだ。
なにより名代の安仁村さえ出てこない。
「皆さん何処かに行かれているのではないですよね?」
弥次郎はいる。米蔵の海鼠壁の瓦を拭いてまわっている。
「ははは、今夜は宵の荷入りがあるのでねか?」
「宵の?」
「んだ、今は他の藩からの年貢が多いがら、それを避けて夜中に舟がはいってくることがあるでな」
「へえ、わざわざそうやって夜に運んでくるのは何なんやろか」
「冬支度のあれこれとか、なにか取れすぎたものの塩漬けとか干物とか、おいらは大事なことは聞かされちゃいねべ。
そういや去年は鱈の水揚げが多ぐあったんで、残り物の棒鱈どかが運れてくるがしれねえじゃ」
「まあ、棒鱈なら里芋と一緒に炊いたんが好きで」
「おるりは京の出か?」
「親類がおって」
「ふうん」
にゃあ
家に戻るとシマオが鳴いている。
「お腹すいたんか?さっき煮干し食べてたやん。まあちょうどいいわ、あんたも百様の顔みたいやろ。出掛けよか」
にゃあ
昨日作っていた簪や根付の飾りそ桐箱に入れたものをまとめて風呂敷に包んで籠に入れ、その上にシマオを乗せて背負って出かける。
まだ朝の五つ。
「おるり、出かけるのか?」
「へえ、和泉屋さんにね」
「⋯ほんとうは?」
寅吉親分が木戸門に凭れながら聞いてくる。
「今夜は宵の荷入りなんやって。何が入ってくるのか知ってはる?」
「?年末の支度にはちと早いな」
「いつも入ってくるん?」
「ああ、国から入ってくるのじゃなくて、江戸からの荷物とかだ」
「ふうん、ちょっと屋敷を見ておいてほしいねんけど」
「わかってる」
まだ、瑠璃が何者かははっきりわかってないが、同心姿の百沙衛門が家の中に入っていただけでなんとなく察している親分は、鬼瓦のような顔で頷く。
◆◇◇◆
夜の帳が降りたあと、秋山藩の蔵屋敷に二つの影が蠢いていた。瑠璃と勘三である。
いくつかの建物には仄かな明かりがあり、昼は静かだった蔵屋敷の中がざわついている。
舟入の門にも篝火が焚かれている。
真っ暗よりは、影が濃いので忍びやすい時間帯だ。
「そっちの鉄蔵はシロなんやな」
「たぶんやけど⋯⋯一階には何もなかったし、上に行く階段はホコリが積もってたさかい、上は使ってへんやろと思う。ただ、何年も前に持ち込んだままならあるいは⋯⋯
あと御米蔵も全部シロや」
灰色の鼠や茶色い油虫は仰山おったけど。思い出して出てきた二の腕の寒イボをさする。
瑠璃はネズミ退治と称して、シマオを仕掛けては安仁村に米蔵を開けさせて見終わっている。
「ただ、もう一つ鉄蔵は見れていないんや」
鍵はきっと安仁村の居室か、今は江戸に行って留守だという蔵屋敷役人の家の方にあるのだろう。
「わかった、それより先日入り込んだものとこれから来る舟の荷物を見る方が早いか」
「先日の荷物はたぶん屋敷の押し入れに入ってるやつや」
バタン バタバタバタ
「来はった?思ったよりはやいな」
「いや誰か厠に走って⋯?一人ではないな」
普段なら寝入るまえの静かなはずの蔵屋敷が突如騒がしくなっていく。
いよいよ始まるか。
二人はひらりと屋敷の屋根に飛び乗り声を潜めて成り行きを見る。
舟入の外側の篝火は防犯のために炊かれていたと思っていたが、水門が開いていく。
小さな舟が入ってきた。
二人の男が乗っていた。
舟には筵に隠されたものが乗っていた。
出迎えるのは一人の侍風の男数人とこちらも人足四人。
安仁村と中間、それに徒士だろう。
「おいおい、荷物の嵩の割に人が多すぎねえか」
いつの間にか近くの御米蔵の屋根の上に移動した二人。
「よっぽど重いものではないの?」
「だろうな」
「あの菱垣廻船の荷検めはしたんでしょ?」
「ああ、何も出てこなかったらしいがな」
「他の船だったのかしら」
「ああ、他の北廻り船が怪しいってことやで。そっちには東次郎様達たちが張り付いていたのだが」
「何を積んできたのか⋯」
「海は広いからなぁ」
だが筵をめくっても出てくるのは菰にくるまれたもの。
「俵?」
「いや、樽だな」
「道理で人手がいるわけや」
「でもまあ、酒樽を夜にコソコソ持ち込むなんて、怪しいことこの上ないねえ」
「まあな⋯⋯おっ、屋敷じゃのうて鉄蔵に入れるみたいや、って、おい瑠璃!追うなよ⋯⋯って行きよった。姫のくせに猿か?あいつは」
舟入にあげられた菰樽は全部で十はあった。
それを人足達が瑠璃がまだ中を見ていない鉄蔵に運んでいる。
この鉄蔵は入札役場に近い。
瑠璃は影に隠れて息を押さえ、潜り込む機を待つ。
残暑は残るが、秋の虫の音が聞こえていた。
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