九拾参【大坂城代】
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四つの菰樽が入ったところで、男衆が一旦舟の方に行く。
その隙にするりと、鉄蔵に入り込むことが出来た。
だが中は暗闇で、手探りで奥へ進む。
くん
確かに鉄と錆と、土埃の匂い、その中に記憶にある匂いもある。
再びざわざわと数人の男の気配。
ゴトゴトッ ゴト
「これで終わりだな」
安仁村の声
「へえ、これでもう大筒と亜芙蓉は終わりです」
「うむ」
「先日は硫黄も来ましたし」
「明日は硝石だ」
「はい」
ギイィィ ドスン
扉を閉められた。
ガチャリと閂をかけられる音が響く。
真っ暗で周りが見えない。目が慣れるまで待つためにもここを離れたいが、何処に鼠取りが仕掛けてあるか分からない。
ここには鼠が喜ぶような食べ物はないだろうから、出てこないだろうけど。
瑠璃は懐から鈎縄と呼ばれる忍具を出して暗がりの中で当たりをつけて振り回す。
扉が閉まるちょっと前になんとなく見えていた梁をめがけて。
ヒュッ
よし、上手く絡まった。引っ張りながら少し微笑む。
勘三の呟き通りに猿のように軽やかに紐を伝って梁によじ登る。この梁の途中からは屋根裏になっていたのだ。
目が慣れてきてかろうじて見える、外から当たりをつけていた窓に手をかける。
内側の格子を開き、外側の掛子木なっている重厚な観音開きの戸をゆっくり開く。
ギィィィ
丁番の軋む音がしてしまってちょっと焦った⋯⋯が外の物音は何もしない。
一つだけ開けた窓から、うまい具合に月の光が差し込む。
それを利用して、鏡を取り出して照らしては中の様子をざっと見回す。
そして、階段ではなく、再び縄を使って下に降りあちらこちらをしらべ始める。
長持や行李、茶箱のほうな箱が色々置いてあったが、その他にも布をかぶせられたものがあるので、一通り開けては見ていく。
月の光があり、目が慣れてきたとは言え、まだまだ暗い。だが、ろうそくで灯りにしては危険だとわかっている。
手探りと嗅覚が頼りだ。
くん
煮抜き玉子の匂い。これが硫黄だ。
それと据えた匂い阿芙蓉もありそうだ。
だが大筒は見当たらない。それは違うところに持っていったのだろう。何しろ収納するための屋敷なのだから。
火薬の匂いもする。
しかし硫黄を持ち込んでさらに硝石を待ってるということは、まだ火薬を増やすということだろうか。
火薬の匂いがする箱に手を突っ込んでみる。
見覚えのあるススキ花火が並んでいた。
「又花火なんか⋯」
新たな火薬は大筒用なのか。
短筒がいくつか見つかる。
他にも、夥しい槍や刀などの武器も見つかっていく。茶箱のようなものはえびす屋の蔵でも見た、鎧箱だろう。
こんな物、船に積んで江戸に持っていくつもりなんやろうか。
いっそ、野分で転覆すればいいのに。
そんなことはままならぬこととは思いながらも不穏な気持ちが持ち上がる。
いや⋯
御上に裁いてもらわなあかんね。
いくつかのものを風呂敷に包んで腰に結わえ、再び縄を使って二階の窓から這い出る。
階段を使わないのは、仮に埃が溜まっていた場合に極力足跡を残さないためだ。
屋根の上から伸びる手に捕まる。
「どうやった」
勘三だった。
「当りや」
勘三の手からぶら下がったまま、公家の姫とは思えぬ行儀の悪さで、足先を使って観音開きの窓を締める。
「あ、失敗」
隙間が開いたままでそれ以上閉じるのは難しかった。
「どうせ濡れたほうがええもんばっかりなんやろ?」
「せやな。雨降が降ってきてくれたほうがありがたいわ」
そうして二人の忍びは月夜の影に消えていった。
◆◇◇◆
翌日、百沙衛門は大阪城の西の丸の中に作られた屋敷に来ていた。
裃を着込んだ与力姿だ。東次郎と百沙衛門を挟んで反対の隣には、同じ与力姿の瑠璃。
この屋敷は、幕府直轄地である大坂を治めるための建物で、老中安部唯規直属の役人が詰めている。大坂城代は松平家、つまり徳川家と縁のある者が務める。
確かにそれに見合った、江戸城の中の座敷のような豪奢な設えの座敷。
書院の小さなふすまの紙は金箔がチラチラと光り、床脇の棚も上品に螺鈿が施されている。
公家の出の瑠璃にも眩しい部屋だった。
庭には鮮やかな苔と松、白砂が彩る。少し紅葉が色づいてきただろうか。
だが当の大坂城代は、百沙衛門が大坂にくる少し前に急病でなくなり、今は暫定的に勤めている男が座敷の上座に座っている。
それは百沙衛門の父親、藤岡重蔵が大坂西町奉行と兼任しているのである。
豪華な座敷に座る、大坂城代は友禅の紅葉が舞う竜田川紋が裾にさらりと入った羽織を着ている。きっと御用商人の和泉屋から重蔵の女中であるお篠にまわってきたのだろう。
「つまり、蔵屋敷中に怪しいものがあるということか」
「はい、刀や弓矢、槍に薙刀、短筒、大筒、火縄、ススキ花火、そして火薬の材料となる硫黄、そして亜芙蓉」
重蔵の前には瑠璃が屋敷や鉄蔵から持ち出したそれらの一部の物が広げられていた。
それは昨夜のものだけではなく、長屋に越してきて、掃除を始めたときから少しずつ持ち出しては百沙衛門や重蔵に渡していたものもある。
「鉄蔵だけでなく、真ん中の御殿屋敷の押し入れや納屋には、布団など寝泊まりに必要なものは殆ど無く武器の数々で⋯」
「うえぇ、見回りしているつもりなのにこんなに危ないもんが大坂の町にあるなんて」
東次郎が呻くように言う。
「ああ、もっとしっかり見回る必要があるな」
兄もすこし困った顔だ。
「ほんまに恐ろしい」
「うむ」
横並びの三人が言う。
「あい、解った⋯
ではこの書状を老中安部唯規を通して上様へ、その後の指示で必要であれば秋口藩へ。
勘三殿、頼む」
若い三人の後ろには勘三も裃姿で控えていた。
「はっ直ちに」
そして、前に出て重蔵からの書状を受け取ると立ち去って行った。
「蔵役人の上野澤次朗はすでに捕らえるように江戸からも通達が出ている。
後は藩主が国許か江戸のどちらに居るかがによるがな」
「はい」
「そして、秋口藩の蔵屋敷の検めに必要な書状を渡しておこう、百沙衛門これを」
それは、町奉行でなく大坂城代としての書類だった。
大坂だけ済む案件ではない場合は町奉行としての役割では荷が大きい。
大坂城代のお役目を、面倒だと思いながらも受けておいて良かったと思う重蔵だった。
「老中の命日に合わせて再度江戸に武器を持って行くにはまだ他にも荷物が来るやもしれぬな。もう少し待ったほうが良いか⋯⋯お主たちに任せよう」
「は」
「わかりました」
「秋口藩だけだろうか⋯、いっそ全ての蔵屋敷を開けさせたいぐらいだ」
「それは、今、米がどんどん入ってきているゆえ難しいと思われます」
「⋯⋯わかっておる。しかしできるだけやっていこう」
「はい」
「あとは各廻船問屋への調査だな」
「「はい」」
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