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上方びいどろ  作者: 前野羊子


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八拾八【蔵屋敷】

いつもお読みいただきありがとうございます!

このページでゆっくりしていってください~♪

 その日、裾をからげて、半股引きに膝から下を出して泥を塗り、古びた草履を履く。

 背には大きな籠を背負って、中の島辺りを歩く瑠璃。

 髪はひっつめて、下寄りに馬の尻尾だ。

 前髪はおくれ毛を少しぱらりと垂らしている。


「お瑠璃はなんでもするんやな」

「へえ、そこいらの役者はんより色々出来まっせ」

 声も低めに出してみたりして。


 前を歩くのは御用商人和泉屋の番頭で文吉という男だ。

 西町奉行の女中をやってるお篠の弟でおふでの叔父にあたる。


 和泉屋は老中安部唯規(ただのり)の御用商人で安部の部下である西町奉行達の世話もしているのである。

 だからもちろん瑠璃のこともある程度は知っている。


 さて、先日の蔵屋敷の中の様子を見ようと、文吉に付き合ってもらって、川と屋敷を挟んだ反対側の道に来ている。

 川から見ると白いなまこ壁が並んだ美しい風景だったが、陸の路地から見ると普通の長屋街になっている。


「こっちから見たら、何処に何藩のがあるかわからしまへんな」

「へえ、貧乏人達の長屋と違って、小綺麗な長屋ではありますけどね」

「そうやな」

「あ、そこですわ」


 長屋が途切れたところに店のような引き戸がある。


「ここは?」

「ここは入札役所や、ここで年貢のやり取りをするんですわ」

「そう言えば途中にもこういう構えの建物がありましたな、さっきのはえらい賑やかやったけど」

 今まさに米が来たのか、少々米俵も積んでいた。

「九州とか瀬戸内とかは早生いうて、もう年貢が来てんまんねん。せやけど北の方は寒いからまだやな。今年のは来年の梅雨明けぐらいに来ますねん。」

「へー」


 文吉はそんな静かな北国の入札役所を尋ねる。


「ごめんやす、和泉屋です」

「なんだ、年貢は終わりましたぞ」



 そこにいたのは同心のような風体の侍だった。

 着流しに羽織、二本差し。


「ここは北国の秋山藩だからな、年貢のやり取りは夏前に終わっておる」


「へえ、わかってます。

 米以外のもん残ってたら買い取りますよ?と思って」

「なら、鉄鍋などが残ってたと思う。

 年の瀬にバタバタする前に引き取ってくれるか」

「わかりました。鉄鍋ならこれから入用になるでしょうから、ありがたいですわ」


「おーい、誰かいるか?」

「はーい」


 奥から町人にしては上品な女が出て来た。


「この人に鉄鍋の残りを売ってくれ、ほかに反物もあるだろう」


「はい。かしこまりました」


「ではこちらからどうぞ」


 三和土に置いてあった女ものの下駄をつっかけて出て来た女は、二人を連れ、そのまま入札役所を一度出て、傍らの細い路地に入る。するとその先に木戸門があって潜るとそこはまるで大坂城の城の中のような開けた場所だった。


 大きいとは言えないけど、格式のありそうな屋敷といくつかの建物、そしてたくさんの蔵。


「ひゃーたくさんの蔵ですなあ、これ全部にお米入ってるんでっか?」

「これ、瑠璃」

「ふふふ、いいですよ。

 米はもうほとんど売ってしまってて、空っぽなのよ」

「はあ」

「ここの藩は寒いところにあるから、冬を超えてから米俵が来るの。

 梅雨が過ぎたぐらいにね」

「さっきも役所のお侍様が言ってましたね。勉強になりますぅ」


 川の方をみると、水が引き込まれて細長い四角の池のようになっている。

 その岸には二つほどの小舟が停まっている。

 一つは一昨日安治川から追いかけたものだろうか。それは分からない。瑠璃には小舟が全部おなじに見える。


「あそこが舟入で、舟で蔵の際まで米俵が届くってわけね。陸路より楽だからこうなってると思うわ。馬もそこにいるけれど、あれで運ぶわけじゃないの…と、ちょっと待ってね」


 挿絵(By みてみん)


 そう言って女は真ん中の屋敷の裏手にスッと入っていく。


 その様子を横目で見ながら文吉に話しかける。

「通りからは全然風景が違いますね」

「そうですな、あちらなどの松の枝ぶりがすごいです」


 〔きゃー〕

 〔こらこらっ〕

 コケッコケッ

 〔きゃっきゃっ〕


 庭の向こうには可愛らしい声が鶏らしい鳴き声と共に聞こえる。


「子供の声が」

「あれは、女中や下男の家族。私の子もいるのよ」

 女が戻ってきた。


「みなさん、秋山藩の方から来られたんですか?」

「いいえ、こっちの人たちよ。あんなところから連れてきたら大変なのよ」

「そんなに遠いんですか」

「私はたまたま里が秋山なのでね、故郷の藩の仕事が出来てありがたいんだけど」

「ほな、ここにおったら夏は暑いんちゃいますか?」

「たしかに。だけど雪深いのも大変なのよ」


 雪のように白い顔でほほ笑む。

 これが雪国美人ってやつやなと瑠璃は思う。


「ほら、こっちですよ」


 四角い舟入をぐるりと過ぎて、他とは違う色の蔵に案内される。


 呉服屋の奥にあった土蔵のように、がっちりした塗り壁に、鉄格子の窓、そして鉄の扉。



 女が黒い鍵でそれの閂を外すと、再び閂のかかった木の扉。


「さすが、えらいしっかり閉めてはるんですね」 

「大したものは入っていないわ、さあ、こっちに来て」


 奥を示される。


「ちょっと暗いけど、まだ見えるわよね」

「へいっ、ちょっと待ってくださいよ、目が慣れてくるまで」

 文吉がいうけど、瑠璃はもうよく見えている。


「わかったわ。

 先に言っとくけど、この辺りが鉄鍋、とはいえ竈用じゃなくて、囲炉裏でぶら下げることが多いんだけど」

「囲炉裏ですか、風情がありそうですなぁ」

「寒いからそうしているだけよ」


 たしかに、棚に置かれていたのは、薄ら埃が被っていたが、底が丸い大きな鉄鍋だった。

「ここのお屋敷にも囲炉裏がある座敷があって、お正月は餅が入った鍋を皆で囲むのよ」

「わあ」


「しかしこれは、囲炉裏が無くては…」

「まあ、なんぞ使い道はありますやろ。かまどには乗りますよ」

「そうですな、奥様、この鍋はいくつありますか?」

「それはたくさんあるわよ。重ねて持てるだろうけど、その籠には入らないんじゃない?」

「下げますよ」

「重いわよ」

「こう見えて力持ちなんですよ」

「いやいや、他の物を聞こうか」

 文吉が瑠璃にはそんなことはさせられないという顔をしている。


「そうですか?」

 料理が出来ないくせに鍋に未練を残して他の棚にいく。

 途中に屋根裏に行く梯子状の階段がある。


 その階段にも埃が積もっていた。


 その先に行くと、行李がいくつか置いてあって、女がその一つを開ける。

 ふわりと香る樟脳。


「これなんかどう?紬なんだけど、布が分厚くて、これから冬に良いんじゃない?」


 茶色や紺色の、落ち着いた風合いの反物がいくつもあった。


 手渡された文吉がそれをちょいと広げてみる。


「なかなかよろしいですな、これは定期的に届けてもらうことはできるんですやろか」

「そうですね、大坂の人に気に入ってくれたら、米と一緒に持ってきてもらえると思いますよ」


「いままで、これは売らなかったのですか?」

「ちょっとは売ってたみたいだけど、付き合いのある呉服屋がつぶれたって聞いたわ」

「ふむ、なんていう呉服屋なんやろ。私も呉服屋さんとは付き合いありまっせ」


「やり取りしていた人が、交代で今は国に帰ってるから」

「そうなのですね、で、これは買い取らせてもらってもよろしいので?」


「はい、むしろお願いしますわ」


「じゃあ、お瑠璃、これを入れるから後ろ向いて」

「へえ」


「よし八本入ったわ」

「まだ手に持てまっせ」

「わかった、そっちは風呂敷に包もう」


 もう一つの行李の上に風呂敷を広げて包んでいる。


「お金はさっきのお侍様に持っていけばいいですか」

「はい、一緒に行きますよ」



 来た道を戻って、入札役所にもどる。


「お侍様、鍋はまた夕方大車引いて引き取りに来ますよって、今は冬物の紬を買わせてください」

「うむ、いくらぐらいになりそうか?」

「一反辺りこれぐらいで、十反いただきますので…」

「そんなになるか?」

「はい、それはもう」

「もし秋に売れれば、また来年仕入れに来ると良い」

「ありがとうございます」

 文吉に合わせて瑠璃も首だけペコリ。




「今日は無理言って突き合わせて堪忍な」

 帰る道すがら文吉に話しかける。

「何をおっしゃいます、瑠璃様。私も良い買い物出来ましたんで」

「囲炉裏で鍋ってええなぁ」

「この上方じゃあ御膳で一人ずつですもんね」


「小さめの鍋なら、火鉢の上でね」

「それもありかもしれませんな」

「今度個人的に買いたいから探しておいてくれへんかな」

「おや」

「嫁入り道具に挟んでしまおかな」

「わかりましたよ。もちろん用意させてもらいます」



 翌朝、不寝番明けの岡っ引きの七兵衛が番屋で顔を拭いていると、軽快な下駄の音とともに扉を開ける。


「おはようさんどす。

 七兵衛はん、ええもん持って来てん」

「なんですの瑠璃さん」

「小さい鉄鍋。これなら火鉢サイズや」

「火鉢にはお湯の鉄瓶が乗ってまっせ」

「お湯は捨てんといてな、でもこれをちょっとこっちに避けて」

「へえ」

「魚は例の魚屋に捌いてもらって、もう表面だけ焼いてるから、この魚と、ネギを入れて、もうこの鍋に

味噌を入れてるから、その鉄瓶の湯を入れるねん」

「ほうほう」

「そこに新米のもち米でついたおもちを」

「わあ!最高です!」


「瑠璃さん、どうして七兵衛とそんな面白いことをしてるのかな?」


  そこへ笑顔になりきれず朝から引きつった顔の百沙衛門。


「うまくいったら、百様と今度しようと思て。放り込むだけやからうちにも出来そうかなって」

「もしかして料理の稽古?朝から?」

「せや」

「そうか……」

「百様も食べる?鍋ちっこいからちょっとしか無いけど」

「いや、朝餉は済ませてきたよ、瑠璃が食べなさい」


 それを更に見て笑いをこらえて腹を抱えていたのは、百沙衛門の弟の東次郎だった。


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