八拾参【後ろから覗き見】
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漁船に乗って、進行方向を見ていた同心がふと瑠璃の方を見る。
「瑠璃、いつの間にそれを用意したのだ?」
「これ?」
襟に対で一心と縫い付けられた藍染の法被に、同じく藍染の手ぬぐいを姐さんに被ってる。
「さっき、アラ汁の一心の女将さんに、太介はんのを借りてん。
女の格好丸出しやったら目立つやろ。漁船やし」
「そりゃそうだけど」
この公家の姫は頓着しなさすぎだ。
「お嬢さんは太介の法被を着ても可愛らしいのはどういうわけなんじゃ?」
「もしかして似合ってますか?」
「うん、ちょいおかしいとも思うけど、不思議と似合うわ」
「おおきに」
何でも礼を言うな!と、しばしば心で突っ込むことが百沙衛門である。
「せやけど汐の風もよろしいなぁ」
「あたってるときはええけど、あとでお湯ですすぎなされよ」
「へえ…あ、もう見えてきましたなあ、じゃま言うてる船。
あれでっしゃろ、帆が」
「いや、あれは北前船で、瀬戸内から今ついたんちゃいますか、オイラが言うてたのはそっちの帆柱を倒してるやつで…」
「なるほど、動くつもりが無いから帆柱さえ倒してると」
「そうや思います。あれの船の横をみると斜めにの格子模様がありまっしゃろ。あれが菱形が沢山あるように見えますさかい、菱垣廻船いいますねん」
「なるほど、帆の立ってる方は菱形の模様がないと。
その帆の立ってる方の船が近づいてますえ」
「本当だな。菱垣廻船と北前船なんて、近寄ることあるのか?」
「さあ、漁師の俺達にはわかりまへんけど、積んでるもんがぜんぜん違うよって、関係ないやろけど」
「せやけど近づいてるな」
「ほんまやな」
「北前船の方の帆が降ろされてるで」
「ほな、くっつくかもしれへんな」
「何してるんやろ」
「これ以上近づいたらバレるぞ」
瑠璃が懐から手鏡をだして件の船を背に自分の目を見ていた。
「何してるのだ?ホコリでも入ったのか?」
「ちょっとね…」
「旦那、あの船が何かあるんですか?」
「今は言えぬが、公儀でも気にしているのだ。もう少し漁は辛抱するか場所をずらしてやってくれ」
「へえ、しょうがないですな」
「なんや船二つくっついても何もないな、男の人がお互いに挨拶してる感じで…何ぞ紙を渡したわ」
「船を背にして何してるんだとおもったら、その手鏡は大きく見える仕掛け鏡か?
しかも玻璃の鏡とは、流石だな」コソッ
「便利やけど、嫁入り道具に持っていくんやったら、もう少し可愛いのがいいわ。
それよりあっちとこっちの船の何人かの男はん、侍っぽくない?」
「ほんまですな、刀持ってますわ」
「うむ」
瑠璃以外は普通に二つの船を見ている。
百沙衛門に頼まれて、投網をちょっと海につけて、漁でもしてる振り。
その百沙衛門も紋付羽織を脱ぎ上の着物も脱いで、刀ごと漁船の荷物入れに隠している。
その程度で偽装にはならないが、遠目で見られたらマシだろう。
海には他にも様々船が行き来しているので、こっちの漁船が目立つわけではない。
「あ、なんぞ風呂敷を渡したで」
「ほんまやな、あ、小さい舟が後ろからきたんちゃう?」
みれば、漁船と同じ安治川からやってきた小舟が菱垣廻船の方に近づいていく。
北前船は再び帆を広げて離れていく。
「あの小舟をつけられるか」
「疲れてるのにかんにんな」
「任せてください!」
「握り飯ごちそうになったんやから、やりますよ」
「うむ、後で謝礼も出す」
「「わかりました」」
「あ、菱垣廻船の方から梯子が出てきた」
漁船は見えやすいように回ってくれている。
「さっきの荷物を抱えた男が降りてるな」
「刀差してるからお侍ですかね」
「大きな船の荷物にしては案外ちいさいね」
小さな舟が舳先を変えて再び動く。
どうやら戻っていくようだ。
「旦那、ついていきますか?」
「たのむ」
ほんの少しぶら下げていた網を引き上げて、漁船も漕ぎ出す。
漁師三人の櫂は絶妙な距離を保って小舟を追いかけてくれる。
安治川に再び入り、安治川橋をくぐって土佐堀川に入っていく。
雑喉場のあたりもすぎると景色が変わってくる。
真っ白な漆喰の壁の下半分を、瓦と盛り上がった漆喰で斜め格子に形作る海鼠壁が続いていく。
「蔵屋敷にでも入るんですかね」
「北前船の荷物だったらそうかも知れぬな」
「せやけど、米俵なんて一つも降ろさへんかったな」
いくつかの橋をくぐり、とある舟入と呼ばれる水路に入っていくのが見えた。
「ここは…」
「うむ、あちらの地方の藩だ」
「ほなここも」
「かもしれぬ」
百沙衛門と瑠璃だけでヒソヒソ話す。
「よし、ここで我らを降ろしてくれ」
「へえ」
瑠璃は預けてた百沙衛門の刀などを本人に手渡している。
「みなさん、あの菱垣廻船?の動きがまたおかしやったら、西町奉行のこの長見百沙衛門様あてに、そこいらの番屋に言付けたってくださいな。
うちは心斎橋のえびす屋言う小間物屋で店番やってるんで、そっちでもいいよって」
「ほな、瑠璃ちゃんに伝えに行こうかな」
「おれも」
「こら、調子に乗るな」
「「へーい」」
「ところで、どうして瑠璃ちゃんまで公儀の真似事を?」
「…女の秘密を聞くんは野暮やって言われたことあらへん?」
「それは花街の姐さん達の台詞やで」
「とにかくもう帰って休んでや。夜釣り明けやったんやろ。
今日はおおきにやったで」
「うむ、たすかった」
「…お役に立てたんやったら、よかったです」
「ではこれ、駄賃に」
長次らに銀板を渡す。
「「っす」」
「こんなに?」
「うむ、もう今日は飲むなよ」
「ははは」
「へえ」
「ほな」
「元気な男衆さんどしたな」
「そうだな」
「あ、太一さんの法被借りたままや」
「明日また魚売りに来るだろう」
「味をしめてまた売り切れる思われたらかなんな」
「買ってやれよ」
「そうやな」
土佐堀川の川緑を歩いていく。
「瑠璃、えびす屋に送るよ」
「途中まででええよ、百様、お父上に報告すんねやろ」
「うむ」
まだ午の刻に差し掛かった頃だった。
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