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上方びいどろ  作者: 前野羊子


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八拾弐【雑喉場のアラ汁】

お待たせさんでした。

いつもお読みいただきありがとうございます!

このページでゆっくりしていってください~♪

 名前を聞くと、太介と名乗った魚屋を先頭に、同心姿の百沙衛門と瑠璃が浪速の街を斜めに歩く。

 碁盤の目のような道を斜めというのは鱗模様でも描いているような動きではある。


 様々な店が立ち並ぶ活気のある通りも朝はまだ店の前を掃き清めているぐらいで、前を行く同じような魚屋や豆腐屋など天秤棒の物売りが通っている。

 朝餉の準備のかまどの煙も立ち上って朝飯を食べそこねている百沙衛門と瑠璃の二人は少し辛い。


 西横堀を渡る橋を越えて、西船場の中を更に西へ行く。


「おや、太介、包丁でも忘れたんか?もう戻ってき寄って」

 人見知りらしい人足が声をかけてくる。


「あほか、もう売り切れたんや!」

「へ?もう?」

「このお役人様が殆ど買うてくれはったんやで」

「まあ、えらい魚好きやな」

「我が家は大所帯だからな、たまには良いだろう」


 瑠璃が自分で出すつもりだった魚代は当然百沙衛門が出していた。


「お役人さんはどちらの奉行所の方で?」


 太介に声をかけた男が聞いてくる。


「今は急いでる故、そのうちな」

「そうや、お役人様にいらぬことを聞くものではないよ」

「へえへえ」


「さあさあ、こっちでっせ。

 今ならきっと…」


 水の香りに潮の香りが混ざる。


 暖簾が出た店にたどり着く。

〈煮売屋 一心〉

「太介はんは料理屋もしてるんか?」

「そんな大層なもんやあらしまへん。

 持って帰った魚のアラ汁を売ってるだけや。

 切り盛りしてんのは母ですけどね。


 ただいま帰りました」


 朝早いというのに、暖簾の下には 床几がいくつか出て、男たちが何やら食べている。

 中には酒も飲んでるようだ。

 雑喉場の船頭たちや漁船の漁師たちには今が仕事終わりなのだろう。


「おかえり太介」

「お母ちゃん、これ今日のアラ」

 一つだけになった桶を店の女将に渡し、腰から布で巻いた包丁を外している。

 傍らにはいくつかの同じような桶がひっくり返って置かれている。

 道理で桶ごと七兵衛に渡せたのだ。


「もう売れたんや、早かったな」


「このお役人様が半分以上買うてくれて…って、あ、ちょうどいた、長次さん、ちょっといいか?」


 床几でお椀をつついている人足風の男に声をかけている。


「なんや?太介、今日は早いやないか?」 


「ほら、怪しい菱垣廻船の話してたやん?

 このお役人様にも教えてほしいんだよ。

 お役人様、この人がその船のことをぼやいていた地網船のお頭の長次さんいいはりますねん」


「まあまあ、お二人ともこんな早くじゃ、朝餉はまだなんでっしゃろ?

 何でも魚をたくさん買うてくれはったらしいし、よかったら食べたってください。粗末なもんですけど」

「何を出してますのん?」

 さっきからの空腹を抑えて瑠璃が聞く。

「魚のアラ汁とかやく飯ですよ」

「ほんに、それは美味しそうやなぁ」

「うむ、では二人前頼む」

「はいよ」


 紹介された先客の向かいの床几に並んで座る。


「で、長次とやら、疲れているところ悪いが、漁を邪魔してるという船のことを教えてくれぬか」

「へい、わかりました。

 あれをどかしてくれるなら、協力しまっせ」

「それは頼もしいな」

「今ならまだ酒もつけてなかったさかい、ワイの舟で案内しまっせ」

「それはよかった」


「うちは、その安治川と淀川の間のあたりで地網船を出して魚を獲ってるんですわ。

 魚は鮮度が命やから、より近い漁場のほうが生きたまま持ってこれますねん」

「なるほど、そこに菱垣廻船が座ってると」

「へえ、あんな大きな船はもっと沖にいるもんでっせ。なにしろ底が深く沈んでますさかい、浅瀬やと海底でつかえますやろ」

「うむ」


 男二人の話を黙って聞いてると、女将さんが料理を持ってきた。


「はい!かやく飯とアラ汁」

「へえ。

 このかやく飯は牛蒡の良い香り、それに揚げも入ってんやね」

 少し茶色いかやく飯の入った丼茶碗と、口の広い椀に入った味噌汁を置かれる。

 汁の中から魚のヒレがはみ出ている。


「ふふふ、元気のいい魚や」

「骨に気ぃつけてな」

「おおきに…わあ、良いお味」

「そうかい?気に入ってくれたら良かった。

 ほなごゆっくり」


 にこやかに笑いながら他の客のもとに向かっている。


「疲れてるところ悪いけど、その船までお前の舟で連れてくれぬか」

「お安いご用でっせ」

「お兄さんうちも乗っけてな」


「え?女子(おなご)はんはちょっと」

「ちょっとの間やさかい」

「ええんですか旦那?」

 百沙衛門は見るからに同心の格好だが、瑠璃は普通の町娘姿だ。


「うむ、頼む」

「長次のお頭。

 もとは、そちらのお嬢さんが菱垣廻船の話に興味あったらしいんや」

 太介も口を添えてくれる。


 太介はからげていた裾をおろし、前掛けをして料理屋の姿に変わっていた。


「へえ、また物好きな」

「せやねん、うちは物好きなんや」


 ふふふと笑う笑顔に眩しそうにする長次に、すこし不安を感じる百沙衛門だった。


「女将さんごちそうさんでした」

「なんの、見たところいいところのお嬢さんやないの?こんなもんで堪忍な」

「いいところなんてとんでもない、うちは今心斎橋の近所の小間物屋で時々店番してるんよ」

「まあ」


「ほないきまひょか」

「連れてきておいて何やけど、後頼むわお頭」

「どうせ舟に戻るさかい、かまへんよ太介」


 魚を入れる桶などを洗う人足で賑わう雑喉場を抜けて、更に西の安治川口の端のほうへ移動する。

 

「その先に俺の舟があるんや」


 長次が指差した先に漁船が一隻あって、その前に三人の漁師が投網を修繕していた。


「長次さんおかえりなさい」

「おう、お前ら、握り飯を貰ってきたで」

「そりゃありがたい、これどうしたんです・・・?お役人さん?

 お頭なにか悪いことしたのかい?」

「バカいえ、お前らと舟の上で何ができるっていうんだよ、このお方は例の…」

 と声を落として言う。

「なるほど」

「しかもこの握り飯はお役人さんがお金を払ってくれたんやで。

 オイラの朝飯もやけどな」


「そりゃあごちそうさまです」

「まあ、前払いって言うことだ」


「それにきれいなお嬢さんも拝めるなんて、早起きはするもんでんな」

「早起きて、これから寝るんやないか」

「堪忍な、お疲れのところ」

「いえいえ、頑張りますよ!」


「ほな、これに乗っとくれやす」


 修理していた網も舟に積んで漁師たちも乗り込む。

 

 百沙衛門が先に乗って、瑠璃を引っ張っている。


「揺れるよってしっかり捕まってくださいよ」


 最後に残った一人が、杭に結わえていた縄を外して、足を濡らしながら乗ってくる。


「よっと」

「ほな行きますよ」


「うむ」


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