八拾【奉行の茶】
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寒蝉が鳴きだして、そろそろ残暑も穏やかになってきた。
店先の作業台でお瑠璃は簪と根付を揃いの色で作って並べていた。
若い夫婦や付き合い始めの男女に買われていた。
元はと言えば、瑠璃が小さめの桃色の菊の花のつまみ細工の簪を頭に差していたら、百沙衛門に瑠璃色の菊の根付を作ってくれと頼まれたのだ。
「瑠璃色では菊やのうて、桔梗みたいになるんちゃいます?」
「形が同じなら良いさ」
「…ほな」
出来上がったそれを嬉しそうな表情を隠さずに印籠につけていた百沙衛門を見たおふでが、
「その組み合わせは面白いですねえ」
と、根付と簪の飾りの部分を揃いで作り、抱き合わせて売り始めると、作った傍から売れてしまっていた。
今も目の前に見本が置いてあって、色や形を言われて待ってもらっている状態だった。
「ごめんください。
まあ瑠璃さん鮮やかな手つきやなあ」
「おこしやす。おやお篠はん、おふではんに御用?」
「ふふふ、おふでの仕事が見たくて」
「いややわ叔母さん」
「本当は私は付き合いなのよ、そして…旦那様が…ほら来られたわ」
「忙しい所に悪いな」
初老の侍が菅笠を被ったまま小間物屋えびす屋の店に入ってくる。
瑠璃は作業中の道具を文箱のような小さな行李に入れ、糸くずだらけの前掛けを外して立ち上がる。
「いえいえ、藤岡様。お待ちしておりましたえ。
番頭はん、言うてた通り、奥の離れ借りるよって」
「はーい、どうぞ」
手に持っていた風呂敷を瑠璃に預けて、侍は土間の通路を歩きながら菅笠を外している。
その男は大坂西町奉行にして百沙衛門の父の藤岡重蔵だった。
土間を抜けて裏庭にでると井戸を囲んで例の土蔵と茶室がある。
今回は茶室の方を借りる。
なにしろ、今、えびす屋で茶をたてることが出来るものはいないのだ。
今日はここを使うということで、朝から茶室を清め、戸袋に丸められていた紅葉の掛け軸を床の間に下げ、庭で咲いていた小菊を一輪、徳利のような器に生けた。
そして、炉を開け、炭をおこし、鉄瓶に井戸水を入れてその上に乗せたのは少し前のこと。
「あまりにも久しぶりだから、上手くいくか分からぬが…付き合ってくれるか?」
「へえ、楽しみですえ」
「百と東次郎も来るだろう」
「へえ」
コーン
鹿威しが澄んだ音を鳴らす。
「失礼します」
「遅くなりました」
兄弟は前後に並んで躙り口から入ってきた。
「うむ、まあ身内だけの茶会だからな、気楽にしよう、そこに座ってくれ」
重蔵が、自ら座布団を並べている。
「はい」
水屋で羊羹を切り分けて盆にのせて瑠璃が戻ってきた。
「どうぞ」
重蔵が自分で持ってきた風呂敷包みから、黒い茶碗と、茶の入った棗、茶さじ、茶筅などを、広げた袱紗の上に並べている。
「瑠璃も座って、先に菓子を取りなさい」
「へえ」
胸元から懐紙を出して黒文字で一切れ取って隣の東次郎に菓子盆を回す。
東次郎も同じようにして百沙衛門の方に押しやっている。
先に、小豆の風味の甘い羊羹を楽しんでいる前で、重蔵が鮮やかな手つきで茶筅を動かしていた。
しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ…
「……うむ…では」
とふっくら泡立った茶の入った椀を置かれる。
「お先に、お点前頂戴いたします」
一口飲むと鼻に抜ける豊かな玉露の香り。まろやかな泡の口当たり。
そして、羊羹の甘さの後の苦みが何とも美しい味わいの一服である。
「ふふ、結構なお点前どした」
「ほっ、そうか。よかった」
瑠璃に続いて順番に茶を飲み終わった藤岡父子は、手入れしきれてない庭を眺めている。
外では冬蝉が遠くで聞こえていた。
「今日は茶室を使えるようにするだけで精一杯どした」
「急に悪かったな、瑠璃」
「いえ。
うちがまだここを離れるわけにはあかんさかい」
「うむ」
カコーン
鹿威しの音。
「で、まだ大老はんの残党がいるかもしれへんとか」
「うむ」
茶巾で道具を拭いながら重蔵が口を開く。
「血判状の者たちは皆捕らえ終わって、先に捕らえた、このえびす屋にいた亭主、いや低井兼に近此度の計画のあらまし聞き出すことが出来た」
「瑠璃ちゃん。あのね、本来、江戸城への討ち入りは、この暮れの予定らしい」
「まだ先だったんどすね」
「うむ、江戸のえびす屋やだて屋の連中は、公儀が計画を嗅ぎつけていることを察して勇み足になったというのが、北町と南町の奉行所の見立てだ」
両方の奉行所に出入りしていた百沙衛門が言う。
「では、まだ暮れに動く可能性があるというのですか」
「それは分からぬが、儂にはいくつか腑に落ちない事柄があるのだ」
「と言いますと?」
「藤岡の先代、つまり父の宇目之丞が江戸北町奉行をしていて、儂がまだ見習いで後ろをついていたころは、坂伊保志が前の上様よりふんぞり返って江戸で大老をしておった。
それはまあ、上様の方が若いから余計ふんぞり返ってるように見えたのかもしれぬが」
「まあ…ほほほ」
「で、あの大老の下にいた有力武士はあの血判状の他にもいたのだ。どれも改易されていて、いまだ暮れにことを起こすのを諦めてないかもしれぬ」
「どうしてそう思われるのですか?」
「この暮れが大老の七回忌なのだ」
「それが決起の日だと…」
「うむ」
すっかり茶道具を風呂敷に仕舞って、続きを話す。
「それは、ここ、難波に武器を集めていたのも関係しているかもしれぬ。
奥羽地域の領地では年貢やその他の物を江戸や大坂に運ばねばならぬ」
「へえ」
「だが、奥羽は遠い。陸路では無理があるのだ」
「もしや…海から」
「そうだ。元大老とその近くにいた者たちが懇意にしていた廻船問屋がいるのだ。
そして、年貢を積む船は稲刈りが終わるまではあちらの方にいるが、他の物を積む奥州からの菱垣廻船が、この春から南海航路の各港で見かけないと言われていたらしい」
「それは、老中からも聞いたのだ」
「もしや遭難したとか」
「この夏は大きな嵐が来たのは、まだ先日の野分一度きりだ」
「へえ、そうですね。
もしかして、海賊よろしく沖や洞窟で待機しているとか?」
「うむ、その予想が当たってるやもしれぬ」
「船で浪速津に着け、この店から鉄砲を積み込めば、関所を通らずとも江戸に入れるののでしょうか」
「うむ、港ではないところに、大きな船で着けるのは危ないが、大きな船と言えど、使い捨ての破れかぶれで行くなら、役人の目の届かないそこいらの岸から上がればいいからな」
「それに、沖に菱垣廻船を止めておいて小舟を出すにしても、馬や荷車で街道を行くより効率が良い」
「そんな」
「でもさ、ここに来たところで、棒切れの鉄砲しか残っていないけどね!」
「ははは、そうだな」
「ふふふ」
「そこで、我らの動きを悟られずに引き続き店を続けてほしいのだ」
「わかりました。
そう言えば、勘三叔父から、昆布船をと言われて」
「ああ、儂も聞いておる。勘三が言うには、菱垣廻船のひとつで、昆布を運んでる船が怪しいと」
「あやしい?」
「お前たちが江戸の日本橋を出た後、昆布だけを積んで、他に大した荷物も積まずに出向したと」
「どうせ出航するなら沢山積むやろうに」
「廻船問屋の者に聞いたら、お金を積まれて、早く出せと言われたらしくて」
「ほんなら動かすかもしれないですね」
「うむ」
「あと三日で浪速津に着く言う事やろか…」
「このまま船がひっくり返らねばな」
「父上、大老の近くにいた有力武士は後どのぐらいいるのでしょうか」
「あと三家はいたと思う。
それにそれぞれのさらに下についていた武士などもみな職を失くしているからな」
「それが次の職につけずに上様にお門違いな恨みだけ重ねていると」
「…うむ、おそらくはな」
着流しの百沙衛門も含めて、親子は足を崩して座り寛いでいるというのに、物騒な話題だ。
「では、頼む。
お篠もせっかく瑠璃姫の世話が出来ると喜んでいたのだが、こちらに寝泊まりさせることになって」
「夜の方が相手が動くかもしれまへんからね」
兄弟が先に出て、その後ろをついていく重蔵を呼び止める。
「お奉行様」
「何だ?」
「これ、良かったら」
と少し細長いちいさな桐の箱を渡す。
「なんだ?」
「良かったら、お篠はんと…」
重蔵が開けると、そこには藤色と若竹色の組み合わせで作られた揃いの桔梗のつまみ細工の簪と根付が並んでいた。
「…これは…」
「これぐらいならよろしいやろ」
「そうだな、何やら気恥ずかしいが」
と、桐箱の蓋を仕舞い袂に手を入れて銀板を出す。
「いややわ、そんなつもりはおへんのに」
「すこし嬉しいから。気持ちだ、取っておきなさい」
「へえ…おおきに」
「こっちこそありがとう」
少し照れたような微笑みが百沙衛門に似ている。
百沙衛門たちの母親が流行病でなくなってから、結構な年月が空いていると聞く。
しかし、重蔵の屋敷に行ってお篠と二人を見るとまるで夫婦のような寄り添いかたなのである。それは見た目というより気配で。
だが、大店の娘とは言えお篠を後添えにするには、重蔵の身分は高い。
無理に夫婦にするのではなく、ただ一緒にいる。
そういう男女も世にはいるのだ。
そのうち義父になるであろう重蔵には心穏やかでいて欲しいと願う瑠璃であった。
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