七拾八【かまわぬ土産】
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「瑠璃ちゃんお帰り!
帰って来たって教えてくれたらよかったのに!」
えびす屋の店先で舞台役者の市山菫之丞が訪ねてきた。
人気の女形だから、よしの屋の方からも客がでてきて、遠巻きにチラチラと見ている。
女の格好ではないから余計目立ってるのだ。
地味目な男物の着物を着て、化粧をしていなくても整った美しい顔の男は、呉服屋の客からも声をかけられていた。
「菫之丞はん、いらっしゃい
お土産あるんよ、はい!」
店先で店番をしながら簪を拵えていた手を止めて、一本の畳まれた手拭いを渡す。
白地に〈かまわぬ柄〉の江戸紫の手拭い。
「おおきに…じゃなくてぇ。お嫁に行ったんちゃうんかいな」
「まだやで、なんか準備が大変らしくて」
「…そりゃあ五万石の殿さまのご長男さんの嫁やもんな」コソッ
それをチラリと見る。
「大変なんや。何も分からんから。
とはいえさっき実家に文を出したから返事待ちやけどな」
すぐに手元の作業に戻るけれど、ちょっとピリピリしている。
「…どうしたん?なんかあったん?」
「なんも」
「許嫁と喧嘩したとか?」
「そんなんちゃうよ、そこの番屋におるやろ」
「ほんなら、話してたら叱られるな」
「そんな事あらへんよ…
それに丁度よかった、次のなんやけど…」
と、紐で閉じた画帳を開く。
「桔梗とか菊とか考えてんやけど」
「綺麗やなあ。
瑠璃ちゃんが今さしてるのも桔梗やな。
ちょっと見せてそれ」
「これはあかんねん、こっちなら同じやさかい。まあ小さいから舞台用やないけどな」
手を伸ばしてくるのを遮って、手元にある出来ているものを渡す。
なにしろ、頭に刺さってるのは目打ちより鋭くとがらせてある暗器だ。
「菊の方が派手やから舞台映えしそうやな」
「せやろ」
「大きいのを一個にするか小さいのをいくつか合わせるとか…」
「悩むんやったら両方拵えて、気に入った方とかは?」
「ほんま?嬉しい!」
女子より艶やかに笑うかんばせに瑠璃は目を細める。
「拵えとくさかい、完成したら芝居小屋に持って行ったるわ」
「わかった!待ってる!ほな…
あれ小まめ姐さんや」
南の方から芸妓の小まめがやってきた。
「あら、菫之丞はん瑠璃ちゃんと打合せ?」
「こんにちは、小まめ姐さん。
ちょっと簪の図案を見せてもろてん」
「あら、つぎのはやりね」
「そう。うちの舞台から話のねたにさせるんよ!」
男のくせに細い腕をまげて細い指の拳骨を掲げる。可愛らしい気合の入れ方である。
「はやらんかっても、うちのせいにせんとってな」
「するわけないやん。
ほな菊の花の演目探してくるわ!」
下駄の音も高らかに去っていく。
「元気やな」
「ほんまやで、あの人の贔屓の人たちからの目が怖いわ」
チラリと通りの女たちをみる。
「何言うてんの、そこらの男衆より強いくせに」
「女って怖いやん」
「分かるけど」
女だからこそ女が怖いのである。
「そんな事より、小まめ姐さんにもお土産あげまひょ」
「なあに?まあ、〈かまわぬ〉ね、粋な柄。ありがと。」
すると、瑠璃の視界の端に何かが横切る。
作業台のでちりめんを畳み、ちいさな木づちでたたく。いかにも作業をしている風に。
コンコンコンコン
「瑠璃姐さん?」
後ろから黒兵衛が声をかけてくる。
コン
それは先日打合せしていた合図。
「瑠璃ちゃん店番かわろうか?」
「おふでさん、台所でお茶沸かしといて」
「分かったわ。黒兵衛ちゃんも行きましょ」
「はい」
二人が奥に引き上げると、立ち上がり、小間物を陳列している前に回って小まめより通りに出る。
「どうしたん?瑠璃ちゃん」
「なんでもない……詳しい事は後で言うから、番屋で岡っ引きと帰って」コソッ
「へ?」
「うちに言われた言うたら良いわ」
「わかった、ほなまた」
そうして小まめを追いやって番屋に向かったのをチラリと見てから、人通りの多い道を窺う。
「おい、女」
そこへ入れ違うように声をかけてきた破落戸風の男が二人いた。
一人は男にしては少し背が低くて、左右の目の大きさが違う…人相書きに似た顔だった。
「へえ、なんでっしゃろ」
話しかけてきたのは人相書きとは違う方の男。
「ここの亭主を呼んでくれぬか?」
破落戸風なのに横柄だが乱暴ではない話し方である。
「旦那さんですか?」
「うむ」
「うちは三日前に店に入ったとこですけど、旦那さんにはまだ会ったことありまへんわ」
「そんなはずはない」
人相書きのほうの男も話に入ってきた。
「うちは二月前には隣のよしの屋さんで店番してましたけど、そん時から見てまへんよ」
「なんだと?」
「うちも不思議に思って番頭はんに聞いたんやけど、旦那さんは時々奥州だとか長崎だとかに仕入れに出られているって言ってはって、今も長い事出かけてるんちゃいますか?
ねえ喜助はん」
「はい!
手前どもも、ここの主人には夏のかかりから会ってませんで。今回の仕入れは時間がかかってるようです」
「なんだと!」
「本当におらぬのか?」
「へえ、なんなら奥探してみますか?」
「奥?」
「土蔵とかにかくれてるかもしれまへんけど、番頭はん土蔵はさすがにあかんか?」
「構いませんよ。私は長い事土蔵の中は見てないですけどね」
「番頭はんが?」
「へえ、店主に見るなと言われてますからねぇ」
「小間物屋で、いったい何を仕入れているのやら」
「ですね」
「土蔵か!それは見たいぞ」
「鍵取ってきますわ」
「ほなうちはこの二人を土蔵迄連れて行きますね」
「はい。待っててください」
店の三和土から土間伝いに裏口に連れて行く。
「お二人さんは、もしかして借金取りでっか?」
「ちがう」
「まさかお友達とか?」
「そんなところだ」
まあ、知ってたけど。
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