第8節「テメエは、ただ、そのためだけに――」
※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.
※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。
※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。
「裏切ったり騙したりすることも、か?」
「無論だ」
それがどうしたと言わんばかりの肯定。
「人間は相反する欲求が内側で併存し、せめぎ合っている。自分の望みを常に明確に把握しているわけではない。しかもそうした欲求は気分や環境などの条件で変わる。だからこそ人間は矛盾に満ちた、奥ゆかしい存在なのだよ」
「ふざけるな」
吐き捨てた。胸糞が悪くなる――だがここでやめるわけには行かない。確かめなければならない、その先を。
「そんなものをどうやって大人の姿で作った? 自我だかなんだか知らないが、赤ん坊の時からそんな考え方や感じ方ができるわけじゃないんだろ?」
「よくぞ聞いてくれた」
そんなに自慢したいか――言葉を飲み込んだ。
「人間の部品を寄せ集めたからといって、自我や意識を持った思考や選択が可能になるわけではない。脳細胞自体が思考しているわけではないからだ。どのような自我や意識が芽生えるかは、大雑把に言って、何割かは人間の生まれ持った形質によるものだが、残りは環境に左右される。周囲の環境から得た情報を人体というネットワークで処理し、逆に思考や行動を出力して環境に働きかける。この繰り返しで自我や意識が作られていくのではないかと我々は考えている」
「それを普通は何年もかけて育てるんだろ? プログラムでそんな簡単にできるものなのか?」
オユンは答える代わりに、質問で返してきた。
「君は夢を見ることはあるかね?」
クランの見る夢――どこかで誰かと撃ち合っている夢。
「あの夢が記憶の代わりだってのか?」
「その夢の中では時間が早く流れていなかったかね? 五感は働いていただろう?」
記憶を掘り起こした。夢の中では目も見えていたし、耳も聞こえていた。味も匂いも痛みも感じた。長い時間を過ごしたと感じた――再び目が覚めたときは数時間しか経っていなかった。
「まさか――」
「さすが君は察しがいいな。私は夢を見させているんだよ。10倍の速さで、君の兄弟姉妹にね」
オユンは大仰に手を広げて見せた。この空間がそのために必要だったのだと。
「夢の中でオンラインゲームでも遊ばせたのか?」
「もっと大がかりだ。現実世界の地理や歴史、人々の生活、季節や気候、温度の高低。思いつく限り、可能な限り、現代世界に存在する社会を再現した。周りの住人達は、最初の数人に冷凍睡眠で協力してもらって、記憶を人格の雛形として利用させてもらった。あとは持たせたい能力に応じて成長過程を調整してやれば完成だ。君はストリートで明日をも知れぬ暮らしを送り、絶えず誰かと戦っていた。君の優れた戦闘能力は本能と環境の賜物だよ」
「ジローやリサもそうやって作ったってのか?」
「様々な能力や個性を持った個体を作らなければ、人間社会を維持していけないし、多様性が生まれないだろう?」
「何のために――」
奥歯を噛み鳴らして、言葉を絞り出した。
「何のためにこんな真似をしやがった?」
「商品だよ」
「……商品?」
半分予想どおり――暗く熱いものが腹の底からこみ上げてくる。
「能力と容姿を任意に設定できる人間を、任意の人数に供給できるとしたら、それは商品として成立し得ると思わんかね」
「ふざけるな」
「労働力不足は解消する。少子化の問題もなくなる。ドロイドの誤作動で人命が失われたときに、誰に責任を取らせるかで議論を戦わせる必要も、ドメスティックバイオレンスやモラルハラスメントのリスクを負ってまで結婚し、出産する必要もない。人類社会をそのままアーカイブして、保存することも可能になる。人類が地球から離れることを余儀なくされても、別の星で種のあり方を伝えていける。バイオロイド――君達『形代』こそ、人類の新たな同胞なのだよ」
「ふざけるな!!」
考えるより前に声帯が動いていた。叫んでいた。リサやジローとの戦いで傷ついた場所が痛んだ。
「使い捨ての人間を作って、何が同胞だ!」
オユンの顔に驚きが浮かんだ。
「それでテメエは億万長者になって左うちわか! 人類の救世主にでもなったつもりか!!」
「億万長者?」オユンはゆっくりと首を振った。「誤解を生む言い方をして悪かったね。私は富や名誉に興味はない」
「なんだと!?」
「先ほど述べたことは、イワサキから研究費を支出してもらうための大義名分に過ぎん。工作員として作ったのは、それがイワサキにとって優先度の高い人材であったからだよ。それに、残念ながらこの研究はまだ表沙汰にできないからね。合法であれば、アイドルでも宮大工でも作っていたさ」
「だったら、どういう――」
オユンの思考――初めて理解できなくなった。
「始めに言わなかったかね? 人間はなにゆえ人間であるか、人間を大人の姿で作ることはできるか、という実験だと」
「まさか――」
思考が渦を巻き、とめどなく流れる。ジロー、リサ、ユウタ、煽流――クランが今まで関わった者達の姿が脳裏に溢れる。
「テメエは、ただ、そのためだけに――」
オユンはうなずきを返した。
それがオユンの本音だ。御託を並べていても、思いつきを形にしたくなっただけのガキと同じだ。
「ありがとう、クラン君。実験は成功のようだ。これからも私の研究に協力してもらいたい」
クランの中で何かが切れる音がした。指が引き金を引いた。発砲音――一瞬遅れて、オユンの左胸が赤く染まった。
オユン――その顔を驚愕と痛みに歪めていたが、すぐに満足に取って代わられた。
「思っているな。私は狂っている、間違っていると。その通りだ。誰に教わるでもなく、あれだけ過酷で救いのない環境に置かれていたにも関わらず、君は人の命や尊厳が軽んじられることに怒りを覚えるようになった。その様子だと、君はできるようだね、自我に基づいた思考と選択が。実験は完全に成功だ――」
くそったれ――これ以上世迷い言を聞いていられるか。
撃った。オユンの眉間に穴が開いた。オユンが仰向けにゆっくりと倒れた。




