第2節「……死にたく、ないなあ……」
※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.
※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。
※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。
カーテンの向こう――リビング。手前にローテーブルとソファー。奥にダイニングテーブルとオープンキッチン。左に折り戸――恐らくクローゼット。右に引き戸――別室への出入口。床にはカーペット。
リサとジロー――横たわっている。リサはソファーに、ジローは床に。力の抜けた体、血の気の失せた顔。死んでいるのか?
レイヤーをサーモグラフィモードに切り替え。画面が青色のグラデーションに覆われた。死んだとしたら、時間が経過している。
ショットガンをサブマシンガンに持ち替えた。近づいた――反応はない。熱光学迷彩を解除して、姿を現した――反応はない。ジローの体を蹴飛ばした――反応はない。
殺された? だとしたら、誰が? クランやあの男ほどでないとはいえ、そう簡単に死ぬとも思えない。何かが違う――違和感。
まさか――脳裏をよぎった記憶。クランの偽物。もし、同じように偽物を作ったのだとしたら――?
突然後ろから大きな音がした。何かの扉を乱暴に開け放ったときの音。
振り返った。ジローの体が目の前に迫っていた。マシンガンの引き金を引いた。銃弾がジローの体に当たって――跳ね返された。服の下に防弾板を仕込んでいる。銃を弾き飛ばされた。もう片方の腕を体に巻き付けられた。足が床から浮き上がった――壁に叩き付けられた。背中に激痛。肺の空気をいっぺんに吐き出させられるような衝撃。
ジロー――右腕でクランの体を拘束している。左腕がクランの喉に伸びてきて、鷲掴みにされた。呼吸と血流が止められるのを感じる。バイタルチェッカーが危険信号をがなり立てる。目が霞む。意識が薄れる。血が逆流する。
「ここにいやがったか、ジロー! 出てきやがれ、リサ!!」
喉の奥から声を絞り出すように、叫ぶ。
「用もないのにわざわざ姿見せないっての」
DAKからリサの声が響く。離れた場所にいる。カメラでクランの様子を見ていて、ジローに指示を出している。
「僕は臆病だからね。君に勝つには、これしか方法がなかった」
クランに引き金を引く隙を与えない。回避する隙を与えない。体格の差を武器にして、絞め落とす。リサとジロー――クランの襲来を予測して、作戦を練っていたに違いない。
「イワサキや千早も私達のことを探し回ってるだろうしね。人工生物とデータ、使い出があるじゃない。追っ手を騙すのに使えるんだから。大急ぎで作ったにしてはよくできてるじゃない。ま、死体と一緒だから、腐らないよう処置がいるけどね」
「ドッペルゲンガーが、どうのとか、言ってたんじゃ、ねえのか……」
「それは自分と同じように立って歩いて話しかけてきたからよ。アンタは蝋人形でドッペルゲンガー現象起こすの?」
「もう、どうでもいいんだよ。そんなこと。僕達は、新しい場所でやり直すんだ」
クランを鷲掴みにするジローの手に、さらに力が込められた。
ジロー――フルフェイスのヘルメットを被っている。恐らくは軍の払い下げ品。
呼吸が苦しくなる。視界が徐々にブラックアクトしていく。それでも、クランは左手を振った。拳銃がクランの手のひらに握られた。銃口をヘルメットに向けた。貫通できなくても、繰り返し衝撃を受ければ防護性能は低下する。衝撃で脳震盪を起こすこともあり得る。
撃った。消音弾の発射音がして、銃弾がヘルメットに跳ね返された。ヘルメットに小さな傷ができた。ジローが構わず腕に力を込めた。撃った。ヘルメットの傷が増えた――狙いを一ヶ所に定めることができない。撃ち続けた。ヘルメットに次々弾痕が刻まれた。引き金を引いた――出ない。弾が切れた。
視界――暗闇に覆い尽くされかけている。左手――持っていた銃が手のひらからこぼれ落ちた。右手――ジローの腕を引き剥がそうとする手に力が入らなくなった。体が力を失いかけている。
それでも頭を必死に回転させた。探った――リサの居場所。引き戸の向こう――違う。扉一枚隔てただけなら肉声が聞こえる。同じ理由で、オープンキッチンにもいない。推論――肉声の聞こえない場所。ここから見えない場所。扉の向こう。
左手を跳ね上げた。ミサイルの発射口を開いた。ジローの顔が奥の部屋を向いた。力が一瞬、弱まった。両足で壁を蹴った。その反動でジローのみぞおちに蹴りを叩き込んだ。ジローの拘束が緩んだ。体をひねって抜け出した。激しく咳き込みながら床を転がった。距離を取って背中からショットガンを取りだした。ジローが体を起こすのと同時に、銃口を額に突きつけた。
「テメエの葬式は何宗で出せばいいんだ?」
引き金に指をかけた。力を込めた――。
「ちょっと待ちなよ」
横合いからリサの声が響いた――扉の向こうから現れた。ポケットロンを持って立っている。
「あの子がどうなってもいいの?」
あの子――DAKにユウタの姿が映し出された。
「IANUSにちょっと細工したんだよね。心臓麻痺になるかもよ?」
「何だと……?」
「セルゲイのビルの前で張り込みしてる時だったかな、あいつ、店に来たんだよ。その時コーラを頼んでさ、その中にナノマシンを混ぜて出したんだよね」
血が沸騰する。体が灼熱する。
「私がポケットロンから指示を送れば――」
銃口をリサに向けた。リサの顔が驚愕に彩られた。撃った。リサの腹部に穴が開いて、背中から血が噴き出した。ジローが覆い被さってきた――撃った。同じことが繰り返された。ジローの体が力を失って、床に横たわった。リサ――床に両膝をついていた。
リサに近寄った――致命傷。助からない。
「いきなり撃つなんて、何、考えてる、の……」
時折むせかえりながら言葉を継いだ。咳き込む度に口から血が溢れた。
「本当にそのカードを持っているなら、アタシが踏み込んだ時に脅しに使ってるはずだからな」
直感――言葉にして初めてわかった。だがそれに勝ったのは、怒り。
「なんでこんな真似しやがった」
リサは力なく笑った。
「それを私の口から言わせたい? 大方想像はついてるんでしょ?」
「アタシに付いていったんじゃ命がいくつあっても足りない。ジローなら自分の魅力で手なずけられるが、アタシじゃ無理だ。それでジローをうまく丸め込んで、アタシを裏切るチャンスが来るのを待った。違うか?」
「だいたい、そんな感じ。危険な任務の連続で私達はずっと怖かった。だけどアンタはむしろ楽しんでるみたいだった」
「だからアタシを始末して自由になりたかったってのか?」
「あのデータを手に入れたからには、イワサキに何をされるかわかったもんじゃないしね」
「そこまで言うなら、なんで路上で放り出した?」
「アーコロジーの中で放り出したんじゃ、私達が逃げられる保証がないでしょ?」
「だから途中までアタシを脱出に利用したってのか?」
「だから何? アンタだって私達を散々利用したじゃない」
わかっていた。恐怖と利害でつながっているだけの関係。信頼、友情、愛情、絆――そんなものはない。
「ユウタのこと、はったりに使ったのは、失敗だったな……。まさかあんなに怒るなんてね」
クラン自身でも意外だった。あれほどの憤り――煽流を相手にしたときと同じくらいのもの。
リサのまぶたが力なく閉じられようとしていた。右手に拳銃を握った。銃口を眉間に向けた。
「テメエの葬式は何宗で出せばいいんだ?」
リサの口から、力ないつぶやきが漏れた。
「……死にたく、ないなあ……」
引き金を引いた。微かな発砲音。リサの亡骸が床に横たわった。
ジローに近寄った。仰向けになって倒れている。まだ息がある――違う。まだ死んでいないだけ。
「リサ……」
バイザー越しに見えるジローの表情に、絶望と落胆が広がった。
「テメエを利用していただけだぞ」
「わかっていたさ。それでも――僕はリサに振り向いて欲しかったんだ」
荒い呼吸音。ジローが発しているのはそれだけだった。沈黙――リサの言葉に嘘はないという合図。
「クラン……僕は臆病だ」
ジローがバイザーを開けた。眉間に銃を向けた。撃った。苦しげにあえいでいたジローの体が動きを止めた。
リサに近寄った。イヤリング型のデバイスとポケットロン。剥ぎ取った。リサの亡骸に触れた――遺伝子情報をコピーした。内部にアクセス――データがあった。
遠くからサイレンが聞こえる――クランは部屋を出た。




