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赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第4章 死地での再戦
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第15節「なんでこんなことを調べた!?」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。


 診療所――周りの様子を探りながら、敵らしき者の反応がないことを確かめて玄関に近づいた。熱光学迷彩を解除した――敵ではないという合図。扉からモーター音がした――カメラで玄関の様子を絶えず監視している。扉を押して、中に入った。

 病室を覗いた――ユウタの姿はなかった。少しだけ頬を緩めた。


 診察室に入った。女医がスツールに座って待っていた。

「大丈夫? 怪我してるじゃない」

「後でいい。アタシに見せたいものってのはなんだ」

「専門の施設で分析してもらってね。やっとわかったのよ」

「分析?」

 検査ではなく、分析? それでは、まるで――。

 女医がディスプレイに手をかざした――3枚のホログラムが浮かび上がった。

「右があなたの細胞組織。真ん中が普通の人間の細胞組織。左が人工生物の拡大写真」

「それがどうした」

 女医がホログラムの前で指を動かした――ズームアップ。右と真ん中――僅かながら組織の形に違いがある。右と左――瓜二つ。寸分の違いもない。

 呼吸が荒くなるのを感じた。心音が耳に聞こえるほど大きくなっていた。

「何が、言いたい」

 唾を飲み込んで、声を絞り出した。

「あなたは人間じゃない」

 女医はいつもと変わらぬ涼やかな声で、とどめの一撃をクランに撃ち込んだ。

「いえ、正確には人から生まれた人間ではない」

「どういうことだ」

 結論はもうわかっていた。思い当たる節が多すぎた。思考が渦を巻く。見聞きしたことが脳裏に溢れてくる――クランの生い立ち、オユンの言葉、セルゲイの持っていたデータ、千早で手に入れたデータ。

「どうやったかは知らないけど、あなたは大人の姿で生まれてきたクローンだということよ」

 感情が理解を拒絶する。それでも――現実は変わらない。

「くそったれ!!」

 机に握りこぶしを叩き付けた。鈍く大きな音が診察室を満たした。叩き付けたところから左の手のひらに痛みが広がった。体の表面が熱くなるのを感じた。目の奥が疼いた。

「激しい怒りは傷によくないわ」

 女医の声が、数秒続いた沈黙を破った。

「なんでこんなことを調べた!?」

 低く唸った。

「治すためよ」

「なんだって?」

「もしあなたが人間と違ったら、手術のやり方や薬の処方も変えなければいけなかった。だけど人間と同じように治療できる」

 跳ね回りっぱなしだった心臓が少し落ち着いた気がした。火照りと疼きが静まるのを感じた。

「食べ物や服の好みもある。同じルールで将棋が指せる。人間と変わらない」

「もし――アンタの言うとおりなら」

 一つ息を吸い込んで、言葉を継いだ。

「こんな手間のかかることをして、何の得があるんだ?」

「わからないわ。こればかりはあなたの作り主に聞いてみないと。だけど、何かしら理由はあるはずよ」

 作り主――オユン。奴を問いただして、全てを白状させる。だがその前に、リサとジローに落とし前をつけさせなければならない。

 無言で立ち上がった。

「傷はいいの?」

 女医の腕ならそんなに時間はかからないだろう。

「やってくれ」

 座り直した。数分の間、女医が傷口に薬を塗り、テープを貼り、包帯を巻くのを黙って見ていた。

 

 手当が終わった。両手の拳を握って開くことを繰り返した。軽く足踏みした。

「あまり動かすのは勧められないわ」

「ただのかすり傷だろ」

「相当打ち付けたでしょう」

「関係ねえよ――っ!?」

 右腕を上げようとした――右肩に激痛が走った。女医が飴玉のようなものを差し出してきた――痛み止め。

「あまり使わないでね。中毒になるわ。それより、少し休んでいったら?」

「そんな暇あるか――」

 言いかけて、言葉を飲み込んだ。脳裏に閃くものがあった。

 推論――クランはイワサキに作られた人工生物。作り主はオユン。

 推論――リサとジローも同じ。イワサキに作られた人工生物。作り主はオユン。

 可能性――裏切りを防ぐための防御装置が埋め込まれている。

「アタシの体に爆弾が埋め込まれてないか調べてくれるか」

「移動検診車に載せられるサイズのCTスキャナならあるわ。それで調べられる限りなら」

「頼む」

「だったら、貫頭衣に着替えて奥の部屋に入ってちょうだい」

 言われるままに着替えて、奥の部屋に入って、ベッドに横たわった。

「動かないでね」

 パーテーションの向こう側、スピーカー越しに女医の声が聞こえてきた。

「やってくれ」

 装置の上げる鳴き声のような音を聞きながら、身じろぎもせず検査が終わるのを待った。

「いいわよ。お疲れ様」

 終わりの合図――無言で起き上がって、着替えた。


 ディスプレイの画像――クランの体の断面図。

「それにしてもよくここまで人間に似せて作ったものね。いや、そのものといっていいわ」

「その話はさっき聞いた。アタシの体に爆弾だとかは埋まっているのか」

 女医が首を振った――否定の合図。

「義手と義足以外、あなたの体に機械は見当たらなかったわ」

「なんだって?」

「驚いた? いい知らせだと思うけど」

「それはそうだが……」

 考えてみれば予想できたことだった。クランがトンネルで倒した男――もしクランと同じ人工生物なら、体の中に爆弾を埋め込むだけで裏切りを防止できる。他にも方法はいくらでもある。IANUSへの細工、外科的な措置。

 疑問――なぜ措置を施さない?

 やはりオユンを問い質さなければならない。そして、リサとジローに事実を突きつける。

「ありがとう。アタシはもう行く」

「そう……」

 諦めと憐れみの入り交じったような声音だった。すでに日が高く昇っていた。

 体が重かった。クランの意志に反して、まぶたが何度か垂れ下がってきた。

 手近なカプセルホテルに転がり込んだ。シャワーを浴びて、仮眠を取った。


 目が覚めた。時計――夕方を指していた。跳ね起きた。眠りすぎた。この間にもリサとジローは動いている。急がなければならない。

 アーガスに電話を入れた。いきさつを話した。 

「そうか、アンタは人工生物だったのか……」

 アーガスの声色――動揺はない。初めから全てを知っていた?

「話せ」

「何を?」

「とぼけるなよ。アンタは何もかもお見通しなんだろう」

「そう怒るなよ。この世には驚くことが多すぎて、別にそのくらいで驚いてたら心臓がいくつあっても足りないってだけだ」

 相変わらずのはぐらかし――こうなったアーガスからは何も引き出せない。

「それで、アンタは作り主に真相を白状させて、裏切り者も始末したいってわけだ」

「リサとジローの居場所はわかるか」

「千早から出たときの車は乗り捨てたみたいだな。だけど千早に追われてる状況で、アンタも追ってくるかも知れないのに、悠長にN◎VAにとどまるとも思えない。まずはLU$Tに戻ったらどうだ?」

「わかった」

「それと、今までのドンパチでかなり弾を使ったんじゃないか? 弾薬程度なら用意できるぞ」

「何が狙いだ?」

「そういうなよ、もらえるものはもらっておくもんだ」

 クランのレイヤー上に映し出された地図に、赤い輝点が現れた。

「死ぬなよ、アンタにはまだやってもらいたいことがあるんだ」

「待て、それはどういう――」

 電話が切れた。アーガスの胡散臭さ――今に始まったことではない。他に選択肢はない。


 指定された場所は高架下にあるレッドエリアの貸倉庫だった。アーガスから転送されてきたコードをかざした。インジケータが赤から緑に変わって、ロックが外れる音がした。扉を開けた――弾薬が詰まっていた。クランが使っている銃の型までアーガスは知っている。膝のミサイルは補充できなかったが、それ以外の銃器の弾薬は補充できた。拳銃、マシンガン、ショットガン、グレネードランチャー。弾倉がいっぱいになった。

 熱光学迷彩を起動した。衣装が損傷している――不完全。それでもある程度の目くらましにはなる。高架の上――高速道路のパーキングエリア。梯子を登って駐車場に出た。運送業者のトラックが目に入った。見覚えがあった――LU$TとN◎VAを往復する定期便。トラックが動き出した。後ろに掴まった。あとは、高速道路を降りてから適当なところで車を降りるだけだ。

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