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赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第4章 死地での再戦
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第11節「私達のこと自由にさせすぎてる気がするんだよね」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。


「アタシがまず行く。何もないことがわかったら呼ぶ。ジローはリサを守ってろ」

「了解」

 ジローの返事を聞いて、踏み出した。腰を落とし、足音を立てないように歩く。周囲の様子を窺った。柱に遮られて、レーダーやセンサーは役に立たない――効いたとしてもあの男には通用しない。肉眼で周囲を確かめる。音や空気の流れでも敵の居所を探る。わずかな兆候も見逃さない。

 大上・煽流――必ずこの部屋で待っている。証拠も根拠もないが、なぜか確信はある。

 コンソールにたどり着いた。ここまで人の気配はない。熱光学迷彩を解除した。リサとジローを手招きで呼び寄せた。同じように、腰を落とし、足音を立てないように歩いてきた。リサがコンソールに触れた。アクセス権限を確認したことを告げるアナウンスが響く。ホログラムが空間に広がった。青い光がクラン達を浮かび上がらせる。

 コンソールを操作していたリサの指が止まった。

「多分これだと思う」

「じゃあ、デリートして終わり――」

「待て」

 ジローの言葉を遮った。

「中を確かめてからだ」

 リサもうなずいた。ホログラムに文字列が浮かぶ。何らかの文章――恐らくはセルゲイの研究所で見聞きした情報と同じ。

「間違いなくこのデータでしょうね――待って? これって……」

「まだ見ていない情報がある、ってことだな?」

 リサが画面をクリック。新たなホログラムが浮かび上がった。

「これ……セルゲイが書いた文書じゃない。イワサキの文書だよ」

「となると、まさに盗み出されたデータってことだね?」

「何が書いてあるんだ?」

 表題らしき文字の上に目を滑らせた。


「形代計画 報告書 01」


 見覚えのない名前だった。聞いたことのない名前だった。


「……何のことだ?」


 続きを読んだ。


「計画の遂行に際し、知能と人間の再定義が必要と認められる。知能とは単なる論理演算ではない。感覚器官である五体から入力された情報を、脳や神経が処理し、思考や行動として出力する一連の過程である」

「その過程においては、身体の構造に由来する制約、好悪の感情や外部の環境、生育の過程で培ってきた価値観などの因子が複雑に作用している」

「さらには、知能と定義するためには第三者から知能と認められることが必要である」

「したがって、論理演算は知能の代替物たり得ず、個体として完結する知能は存在しない」

「人間も、単に生物としての定義を充足するだけでは不十分である。しかしながら、当該定義を充足しない限り人間と同じような知能は発生し得ない。なぜなら、人体は脳を含めた一つの有機体であり、精神の働きは人体があってこそ生じているからである」


 何をやろうとしていた? すでに得ていた情報と結び着きそうで結びつかない――リサが固まっていた。

「この名前……!」

 報告書の末尾――見慣れた名前があった。

「オユントゥルフール・アチバドラフ……!」

「何だって!?」

「他のデータはあるのか?」

 先を見ずにいられなかった。クランの言葉を聞く前に、リサが別のファイルを開いていた。


「形代計画 報告書 03

 ネットワーク内に擬似的な環境を再現。視覚・聴覚は現在の設備で対応可能。嗅覚・味覚・触覚は技術的には再現可能であるが、サーバに負荷をかけることから、現在の設備では不足。予算の増額を求める」


「形代計画 報告書 05

 実用化に際して障害となるのが、意識である。人間の意識を構築するには、年齢に応じた発展を考慮し、生育に伴う思考と体験の積み重ねが必要と考えられる。断片的なエピソードのみを積み重ねても意識は生まれない。20歳の人間の意識を作るには20年分の実体験と、他者との関わり合いが必要と考えられる」


 末尾の署名者――いずれもオユントゥルフール・アチバドラフ。リサの語ったことが脳裏に甦ってくる。

「リサ、前に言ってたな? クローンはそのまま大人の姿で生まれてくるわけじゃないと」

「オユン博士は、それを解決する技術を研究していた。それが、この形代計画ってこと……?」

「この先も見てみよう」

 リサがジローに促されて、次のファイルを開けた。クランの手のひらに嫌な汗がにじんだ。


「形代計画 報告書 07

 実験は成功。実験体に、好悪の感情や価値観の生成が認められる。意識の構築に必要な情報を人工生物に書き込むことで、意識を個体内に生成することができると考えられる」


 人工生物の文字の上で目が止まった。オユンの研究――人工生物から人間を作る研究?

「確かに、人工生物で人間の身体の部品は作れる。脳も含めて丸ごと作って、あとは意識の問題を解決すれば……」

「アタシの偽物もそうやって作ったってのか?」

 リサがうなずいた――肯定の合図。

「不完全だけど、ある程度はできていたと思う。そのためにあの男の子――ユウタだっけ? 捕まえて、アンタのこといろいろ聞き出したんでしょ」

 心音が自分の耳に聞こえるくらいになっていた。あの男の言葉が脳裏に響く――首を振って振り払った。その間に、リサが別のファイルを呼び出していた。


「形代計画 報告書 09

 出生から想定年齢までの成長過程をシミュレート。当該シミュレート結果を基礎として人格を生成。環境や他者との相互影響を織り込むことで、豊富なバリエーションの生成が可能。ただし完全な同一人物の同時生成は個体の自我に致命的な損傷を引き起こす恐れがあるため不可とする」


 セルゲイの研究所で起きたことと同じ――ドッペルゲンガー。

 地下トンネルでクランが倒した男の最期の言葉が不意に脳裏に甦った――無知は哀れだ。

「このことか?」思考が渦を巻く。見たこと、聞いたこと。奔流のように脳裏にあふれ出す。言葉が追いつかない。「アタシらもそうやって作られたってのか!?」

「アタシ“ら”?」ジローの乾いた笑い。「馬鹿を言ってはいけないよ。君が仮に作られた命だったとしても、僕らがそうだという証拠はどこにも――」

「いや」リサが遮った。真剣さが表情に満ちている――恐怖を必死で押さえ付けている。「どうかな?」

「思い当たる節があるって顔だな」

「私達は全員、オユン博士が担当ドクター。過去の記憶がないか、あってもあやふや。そうでしょ?」

 うなずいた。

「少なくとも状況証拠は揃ってる。これ以上は直接オユン博士の口から――」

「だったら、僕らの身体には爆弾か何かが埋め込まれてるってことかい?」

 ジロー――顔色が青ざめている。

「この手の実験では、裏切りを防ぐための処置が施されていると相場が決まっているからね」

「そうかな?」

 リサがジローの疑問を否定した。

「どういうことだ?」

「それにしては、私達のことを自由にさせすぎてる気がするんだよね」

「しかしないとも言い切れないだろう?」

「落ち着け、ジロー。まずはデータを壊す。集中しろ――」

 空気の流れがおかしかった。風を切る音が聞こえた気がした――ジローとリサをつかんで押し倒した。一瞬遅れて、クランの赤い髪の毛が空中に幾筋か浮遊するのが見えた。

「その程度の推論はさっさと終わらせて欲しいですね。聞かされるこちらの身にもなっていただきたい。退屈すぎてあくびが出そうになったから、つい出てきてしまいましたよ」

 この声、この武器、この口調。間違えるはずもない。柱の向こう、人影が浮かび上がった。その人影をにらみつけた。奥歯を噛み鳴らした。言葉を絞り出した。

「大上……煽流!!」  

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