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赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第3章 孤独な共生
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第13節「言いたいことはわかってるよね?」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。


「何しに来た? 仕事ですよ。他に何がありますか? 貴方の理解力と予測能力は甚だ疑問――」

 言葉を遮って引き金を引いた。発砲音がして、弾が壁に跳ね返る音が部屋に反響した。煽流は少し横に動くだけでかわしていた。

「その上人の話を最後までお聞きにならない。弾も当たらないとなればまるで面目が丸つぶれです」

 煽流の言葉――クランの耳に流れ込む度に熱が全身に満ちる。奥歯が軋む音が聞こえる。

「……うるせえんだよ」

 低く唸った。

「今、なんと?」

「うるせえんだよ!!」

 グレネードランチャーを背中から取り出した。引き金を絞る。

「ちょっと、今こんなところで――」

「やめろ、クラン! 爆風で巻き込まれ――」

 リサとジローの静止――耳に入らない。信管設定は遅延信管。弾体がランチャーより射出される。同時に、煽流の指先から単分子ワイヤが伸びてくる。クランを斬ろうとするのを予測して身構えた――違った。先端が壁に突き刺さり、煽流がワイヤーを高速で巻き取る。クランとの距離が急速に縮まる。銃撃で仕留めようと袖の中から拳銃を出す。その瞬間、後ろから押し倒された。視線が煽流から離れた――見失った。爆発音。熱を含んだ突風がクランの体を襲う。ジローが覆い被さっていた。

「余計なことするんじゃねえ!!」

 叫びながら上体を起こした。周囲を見回し、煽流を探す。どこだ!? ――見えた。元来た通路へ向かって高速で動いている。ワイヤーを使って移動している。脇に何かを抱えている。

「あれは……ハードディスク!?」

 リサが叫んだ。

「本当は河本さんから受け取る予定だったのですよ。一足遅かったみたいですが、せめて情報は入手させていただきませんとねえ」

 銃口を向けようとした。視界の隅の、バイタルの異常を告げる警告が目障りだった。

「もっとも、任務に失敗して処断されたところでどうということはありません。代えの利かないものなど存在しないんですから」

 その言葉を聞いた瞬間、血管の切れる音がした。

「テメエ! ぶっ壊す!!」

 叫んで銃を乱射した――当たらなかった。

「クランさん、勘違いしないでください。私は貴方を気に入っているのです。生きていてくれて嬉しいですよ」

「そんなもん、願い下げだ!!」

 引き金を引いた――撃鉄の落ちる音が響いただけだった。弾切れ。

「それでは、私はここで失礼させていただきます。ごきげんよう」

 煽流の姿が通路の向こうに消えた。

「テメエ! 待ちやがれ!!」

 叫んで走り出そうとした――視界が揺らいだ。両膝が硬いものにぶつかる感触。床が目の前に迫ってくる――顔面から床に倒れ込む前に、両手をついた。一瞬遅れて、自分が両膝を床に着いていることに気づいた。呼吸が荒い。体が重い。腕が上がらない。力が入らない。全身が汗まみれになっていた。

「待ちなよ、クラン! 無理だって!」

「そうだ、君はもう戦える体じゃない」

「なんだと!? テメエら、どこ見て物を言ってやがる――」

 言葉とは裏腹に、体がクランの意志を拒絶する。全身が鉛を埋め込まれたように重かった。

「極度の緊張状態が続いていた。それに君はショックの連続だったようだからね」

 諭すようなジローの声。ショックの連続――確かにそうだ。ストリートチルドレンを撃ったこと。ユウタが捕まっていたこと。そして、煽流が現れたこと。

「アンタずいぶんあの男を憎んでるみたいね。どうしてなの?」

 リサの問い――明確な答えはない。しかし、あの男の姿には怒りを感じる。

 頭の中で響く――代えの利かないものなど存在しないという、あの台詞。

 呼吸を整えてから、答えた。

「アイツだけは、ぶっ壊す」

「答えになってない気がするけど、まあいいや。もう一つ、解決しなきゃいけないことがあるし」

 リサは横目で、椅子の上に横たわるユウタを見た。

「言いたいことはわかってるよね?」

 リサ――刺すような視線。ジロー――瞳の奥に、驚きと狼狽が浮かんでいる。

 答えるまでもない。片膝立ちになり、膝に力を込めて立ち上がった。拳銃を取り出した――弾が切れていた。代えの弾倉を取り出して、交換した。セイフティがかかっていないことを確かめた。ユウタの眉間に突きつけた。

 ユウタ――意識を失っている。胸の辺りが上下に動いている――呼吸はしている。

「クラン、一体何を――」

「見りゃわかるだろ」

 ジローの言葉を遮った。リサが何を言いたいかは理解している。ユウタは河本にクランの情報を提供した。セルゲイの会社を見張っているときにユウタと鉢合わせした。リサーとジローも見られていると考えなければならない。生きて帰ればどこかでクラン達のことをまた話す。警察の取り調べかも知れないし、誰かが捕らえて情報を無理矢理引き出そうとするかも知れない。

「彼は巻き込まれただけだ。殺すことは――」

「黙ってろ」

 ジローを制した。自分でも望んだとおり、重く、低く、冷たい声だった。

「お前は壊さなきゃいけない物とそうでない奴を見分けながら生き残れるのか?」

 クランに銃を向けてきた、あのストリートチルドレンの顔が浮かんだ。

 見逃したあの時が異例なのだ。今度はそうは行かない。標的は壊す。それだけだ。

 ユウタ――まだ意識を失っている。目を覚ます気配はない。それでいい――それでいい。折り重なる屍。銃を突きつける命の恩人。そんなものを見たら、恐怖と絶望で気が狂うかも知れない。

 心臓が痛いくらいに脈打つ。手のひらに汗があふれる。

 奥歯を噛みしめる。引き金に指をかける。力を込めて引き絞る――。

「クラン、そこまでだ」

 銃の上に、ジローが手のひらをかぶせてきた。

「ちょ……何やってんの!?」

「クランは精神に負荷がかかりすぎてる。これ以上負荷をかけたら、彼女はどうなるかわからない」

 静かな、諭すような、しかし強く、重い声色。 

「あんなに楽しそうに標的を撃ちまくってたのに?」

「正しいが、半分しか正しくない。標的は誰でもいいというわけじゃない。敵と認識した相手だけだ。そして、一度敵だとみなしたら、君は相手を物だと思う――または思おうとする。そうだね、クラン?」

 ジローの推論――自覚はなかった。しかし思い当たる節が多すぎた。

「ちょっとジロー、コイツのことかばうつもり?」

「彼女がいなければ僕達は死んでいたよ」

「アタシはコイツと組まされて大迷惑なんですけど!?」

「ここでクランを失っても、僕らが自由の身になれるわけじゃない」

 リサ――ジローに諭されて不機嫌そうな表情を浮かべていたが、口調とは裏腹に目には冷静な光が宿っていた。何秒かの間、指先で髪を弄んだ後、口を開いた。

「わかった。その子は生かして返す方向で考えよう」

 驚きが電流となってクランの体の中を走っていた。

「いつまで呆けた顔して突っ立ってるの? アンタも考えなさいよ」

 リサの声で、思考を現実に引き戻した。一人だけなら口止めできないことはない――手持ちのカードを切れば。

 リサとジローに明かしたくはなかった。しかしユウタを消すのはクランの体が拒んだ。他に選択肢はない。ポケットロンを取り出した。

「はい?」

「アタシだ」

「ずいぶんと久しぶりだな」

「挨拶はなしだ。人を一人、匿って欲しい。それから治療もだ」

「どこに行けばいいんだ?」

 研究所の場所を告げた。

「俺がそこまで出向くのは時間のロスが大きいな。運び屋の手配も必要だ。ひとまずそこを出てくれ。こちらから場所を教える」

「わかった」

 通話を切った。ジローにユウタを担がせた。目を覚まそうとしたら気絶させなければいけない――身構えた。杞憂だった。ジローが担ぎ上げても、ユウタは目を覚まさなかった。ジローがハッチバックの後部座席にユウタの体を座らせて、シートベルトで固定した。ジローは運転席、リサは助手席、クランは後部座席。三人の様子を見張るのに都合がいい。

 山道を降りたところでポケットロンに着信があった。

「俺だ」

「ああ」

 アーガスが待ち合わせの場所を告げた。

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