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赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第2章 愚かな酷評者
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第7節「よく帰ったね」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。


 イワサキを出て1週間以上が経過していた。本社ビルの地下駐車場に車を置いた。服部・半蔵の元へ向かった。途中、クランとすれ違う人間が一様に驚きの表情を浮かべた。司令室に入ると、半蔵が待っていた。

「未帰還ということで処理したのだがな」

「勝手に殺すな」

「なぜこんなに遅れた? なぜ連絡もよこさなかった?」

「応急手当に時間がかかったんだよ」

「相当激しい戦闘だったようだな」

「脱走者は吹き飛ばしてやった。この傷は千早の奴にやられた」

「大口を叩いて後れを取るとはな」

 左腕の傷が疼いた。右の拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込んで、痛みが走った。

 落ち着け。今はまだその時じゃない。落ち着け。

「貴様は独断で戦った。相応の処分を覚悟しておけ」

「何が独断だ、許可したのはお前だろ」

「私は貴様の発言を許していない」

 クランは歯がみした。負けた時に、こうなることは覚悟していた。ここで処分するというのなら――。

「博士のところへ行け」 

 半蔵はそれだけ言って、出て行った。


 研究所にあるオユンの部屋に向かった。部屋へ行くまでに長い廊下を通った。何人もの研究員達とすれ違った。その度に、彼らも驚いた顔でクランを見た。研究員達の顔に浮かぶ感情――驚き、恐怖、軽蔑。クランの唇の端がつり上がった――そうだろう、怖いだろう。片腕の女が、血まみれのぼろ布をまとって歩いているのは。だけどな、アタシはこんなになっても生きて帰ってきたんだ。

 オユンの部屋の前に立った。インターフォンを押した。スピーカーからオユンの声が聞こえてきた。

「入りなさい」

 扉が開いた。大きな机に浮かび上がるホログラム――爬虫類らしき生物。その向こうに、オユンが椅子に座り、机に向かっている。クランが近づくと、オユンは立ち上がり、クランに向き直った。相変わらずの穏やかな微笑み。

「よく帰ったね」

「驚くとか、慌てるとか、そういうのはないのか?」

 オユンの態度。いつもと変わらない――変わらなさ過ぎる。

「事情は服部課長から聞いているからね」

「それならアタシがこの左腕をどうにかしたいと思ってることもわかってるな?」

 オユンは深くうなずいた。

 できればサイバーウェアに頼りたくはない。アタシは、アタシだ。自分の体を機械に取り替えてたまるか。

「人間の手足だとか、胃袋だとかを好きなように作れるんだってな? ここでもできるのか?」

 いつか見たニュース。四肢や臓器の培養。

「できるとも。君が元の腕の形を覚えていれば、簡単だ。外見から推測されるように筋肉の量や骨の硬さも調整できる。少しの時間で、元の体になじむだろう。そうすれば、自我の危機にさらされなくて済む」

 それにしてくれ――そう言いかけたとき、オユンが先に口を開いた。

「ただし、実は服部課長に頼んでいることがあってね。もし君が新型のサイバーアームを付けてくれるなら、今回のことは不問にして欲しいと」

 なんだと?

「君はまだまだ戦える。さらに強くなれる。君の左腕を切り落とした奴に復讐したくはないかね」

 ふざけるな――そう言いかけた時、煽流の姿が脳裏に浮かんだ。自分が自分でなくなる不安と、煽流を壊すという意志。二つが、天秤の上で揺れていた。天秤は何度か揺れて、最後に壊す意志に傾いた。

「それともう一つ、左腕をサイバーアームにするなら、右足もサイバーレッグにした方がいいね。重量のバランスを取るためにね」

 情報を小出しにする――詐欺師のやり口。オユンへの怒りが膨れ上がった。自分が自分でなくなる不安も大きくなった。それでも、天秤は傾いたままだった。

「しょぼいもん付けやがったら承知しないからな」

「もちろんだとも」

 手術の場所と日時を告げられた。


 手術は無事に終わった。神経の接続はうまくいった。拒絶反応も出なかった。

 数日休息した。その間に見たDAKの番組――“災厄”前のドロイドのコンテスト。学生達がオリジナルのドロイドを作ってアイデアを競う。テーマ――見知らぬ家を訪ね、住人に適温のコーヒーを淹れてあげられるかを試すこと。

 コーヒーメーカーを積んだドロイド――家の中で迷い、全ての部屋をしらみつぶしに回った。普通のドアは開けられたが、引き戸に戸惑っていた。危うく同じドロイドにコーヒーを差し出すところだった。

 人型のドロイド――戸棚の中のコーヒーを見分けるだけで時間を食った。適温と言われて熱めのコーヒーを淹れた――住人は猫舌だった。砂糖とミルクのさじ加減にも苦労していた。

 今のドロイドなら人間と同じことがこなせることを思うと信じられませんね――ナレーターの声。


 クランはリハビリに勤しんだ。新しい足で駆け回り、新しい腕で武器を操った。新しい手足の感覚を体に覚え込ませた。サイバーウェアの新しい機能も試した。

 見た目――元の手足と変わらない。人工皮膚に覆われている。感覚――微妙に生身のままの体と異なった。物をつかんだとき、地面を蹴るとき、そして――拳を握ったとき。血の通う感覚も、温もりも伝わってこない。それだけで、不安に襲われる――これは自分の体なのか。自分は自分でいられるのか。振り払った――アタシは、アタシだ。自分でいてやる、絶対に。

 生身の体――右の手のひらで胸に触れた。体温を感じる。心臓が規則正しく鼓動を刻むのを感じる。

 右の手のひらを体から離して、握った。爪が食い込むほど、握りこんだ。痛みを感じた。痛みとともに、煽流の顔が脳裏に甦った。

 必ず――壊す。

 その言葉を脳裏に刻んだ。目の前で炎と煙を噴き上げている無人機と装甲車の残骸に背を向けて、歩き始めた。

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