第6節「こいつはな、少々変わった奴だよ」
※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.
※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。
※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。
空中からプロペラ音やモーター音がひっきりなしに聞こえる。ドローンは相変わらずクランの上を飛び回っていた。そのうちまた千早の工作員が駆けつけてくる。全員は相手にできない。ドローンの目を眩まし、突破口を作らなければならない。
千早の工作員――狭く複雑に入り組んだ路地で、クランの位置を正確に把握していた。
推論――ドローンからクランの位置を逐一報告されている。
情報――ドローンは西から飛んできて、西へ帰って行った。
推論――ドローンは千早重工本社から飛んできてはいない。ドローンの航続距離には限界がある。一定時間ごとに充電の必要がある。それに、建物に邪魔されて操縦や通信の電波も届かない。路地の合間を縫うように飛ぶには、強い電波が必要。
推論――本社から受けた電波を中継しているか、前線に出向いて電波を発信している存在がある。
推論――移動通信車。ドローンの制御や工作員への通信を統括している。
結論――移動通信車の場所を突き止めて、破壊する。そうすれば千早の偵察網と通信網が一時的に麻痺する。その間に安全圏へ脱出する。
ヘッドセットを電波傍受モードに切り替えた。ドローンへ向けて飛ばされている電波を受信。解析――発信源の特定完了。視覚モニター上に近隣の地図がディスプレイされ、電波の発信源と思われる場所がマークされた。
路地を走った。視界の向こう、広場らしき場所が見えてきた。その中心に、何本ものアンテナを立てた車。充電スポットらしき場所に降りてゆくドローン。充電を終えて飛び立つドローン。その周りを固める黒服の男達。モニターにマークされた場所と一致。間違いない。あれが移動通信車。
男達の武装――アサルトライフル。不用意に路地から飛び出せば蜂の巣だ。ヘッドセットの妨害電波を起動。背中にドローンがぴったりくっついているが、カメラの映像やセンサーの情報を転送することはできなくなったはずだ。
雑居ビルの中に入った。階段を駆け上がる。背中からグレネードランチャーを取り出した。最後の一発。屋上へ出た。様々な障害物があった――室外機、給水塔。障害物の陰に隠れながら、広場の様子をうかがった。移動通信車の場所を今一度確かめた。黒服の男達がクランに気づいて、銃撃を浴びせてきた。弾が室外機や柵に当たって跳ね回った。
けたたましい金属音を聞きながら、室外機の陰に隠れた。空中にグレネードランチャーを向けた。迫撃砲モードに切り替えた。射出の角度を調整。引き金を絞った。ランチャーからグレネードが射出された。放物線を描いて、弾が広場に落ちていった――爆発音。アサルトライフルの銃声が途切れた。目だけを障害物から出した。移動通信車が二度、三度と爆発を起こしていた。黒服の男達――爆発の衝撃で吹き飛ばされていた。
これで千早の偵察網と通信網は麻痺した。あとは駐車場へ向かうだけだ。目に見える脅威はなくなったが、不意の遭遇の恐れはある――見つかりにくいルートを選ぶ。結果から見れば、地上を進んだのは失敗だった。マンホールを開けて、下水道に入った。
下水道には独特の匂いが満ちていた――硫化水素。酸欠の危険もある。できるだけ早く抜けなければならない。両脇に歩くスペースがあった。汚水に足を浸し、足を取られる危険を冒さずに済む。
駐車場の近くのマンホールから地上に出た。車は元の場所にあった。車をイワサキへと走らせた。
料金所をくぐって高速道路に入った。合流車線から本線に入ると、車を自動運転に切り替えた。窓越しに、木更津湖が見える。水上に浮かぶ無数の明かり。船の照明が水面に映り込んでいた。対岸にはさらに密集した明かりが見える――ヨコハマLU$T。その中でもひときわ高い建物――イワサキ本社。
ポケットロンのハンズフリー機能を使って電話をかけた。発信音が数回鳴って、アーガスが電話に出た。
「左腕の傷はまだ治っていないんじゃないのか?」
話してもいないのになぜ知っている?
「俺の名前を勝手に使っただろう? 俺の名前を出した奴がいるが紹介された覚えはないって、連絡があったんだよ」
「何が言いたい?」
アーガスをある程度信用しているとはいえ、泣きつくわけにはいかない。
「感謝してくれよ。俺の知り合いだから安心してくれと説明しておいたからな」
「だからなんだ? 貸しを作るつもりか?」
「まさか。事実は事実として確認しておきたかっただけだ。それでだ、電話してきたってことは、何か頼みがあるんじゃないのか?」
「調べて欲しいことがある」
地下トンネルで出会った男の特徴を伝えた。
「そいつに左腕をやられた」
電話の向こうから忍び笑いが聞こえる。
「ずいぶんと面白いことになったみたいじゃないか」
「わけのわからないこと言ってんじゃねえよ。で、どうなんだ? 調べてくれるのか、くれないのか?」
「こいつの情報ならすぐに出る。ちょっとした有名人だ」
ポケットロンにプロファイルが送られてきた。プロファイルの顔写真――あの男と同じ。氏名――大上・煽流。所属――千早重工後方処理課第3班。千早の工作員の中から、精鋭を選りすぐった部署。
幼少期、両親が千早重工に損害を与えたかどで、“処分”される。煽流はまだ幼かったため、千早重工に引き取られる。工作員になるべく教育を受け、生粋のクグツとして育つ。
どこにでもありそうな経歴――クランの心を見透かしたように、アーガスが説明を添えた。
「こいつはな、少々変わった奴だよ」
クグツであり、千早重工の利益は完璧に守っている。しかしながら、会社への忠誠心は一切持たない。裏も表も仕事の価値は同じだと割り切っている。
「口癖は、『代えの利かないものなど世の中には存在しない!』。二つ名は“スプーニーフレイヤー(愚かな酷評者)”だ」
クランの脳裏に記憶があふれるように甦る。あの男――煽流の表情。芝居がかった仕草、慇懃無礼な口調、左腕を切られた痛み、そしてあの台詞――「代えの利かないものなど存在しない」。激しい怒り。
「千早の人間とやり合うってことは、お前さんも企業の人間か?」
「アタシはクグツじゃない。雇われてるんだ。イワサキにな」
「そうか、そういうことか……」
アーガスの声に驚きはない――最初から知っていた? どこまで知っている?
アーガスを問い詰めて全てを吐かせるには手札が足りない。
「次に会った時にキャッシュを渡す。それと、あの件はどうした?」
あの件――クランの過去。手がかり。
「なにぶん手がかりが少なすぎるからな。知り合いの情報屋にも聞いて回ってるんだが、それらしい情報がさっぱり引っかからない」
「アンタ以外の情報屋に聞いてもいいんだぜ?」
「どうぞご自由に。俺でわからなければ他の人間にもわからないと思うがな」
アーガスの言葉を鵜呑みにしたくはない。しかし手がかりが少なすぎる。連絡を待つしか道はなさそうだった。
「そんな見得を切っといて経費を上乗せしろ、なんて言うなよ?」
愚にもつかないあがき。
「そんなことにはならないから安心しろ」
電話が切れた。
しばらく考え込んだ。胸糞の悪くなる連中、怒りをかき立てられる連中はどこにでもいた。女を連れ込んで犯そうとした連中、ヒルコを実験台にしていた企業の工作員。だが、奴らは“壊して”しまえばそれで終わりだった。思い出すこともない。後から調べようとも思わない。
それなのに、煽流のことだけは今までにないほど執着している。なぜだ?
車はいつの間にか、木更津湖を横切る橋の半ばに達していた。
大上・煽流のハンドルを“スプーニープレイヤー”と表記していましたが、正しくは“スプーニーフレイヤー”でした。お詫びして訂正いたします。




