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赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第2章 愚かな酷評者
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第5節「一つ、言い忘れてたけど……」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。

 動けるようになるまで数日かかった。女医がクランの服を差し出してきた――洗濯され、汚れや血痕は洗い落とされていた。しかし左の袖は途中で切れたままだった。元の服に着替えて、身支度を調えた。

「本当はもう少し安静にしていた方がいいのだけれど」

「そんな暇はねえよ」

「そう……くれぐれも傷口のケアと体幹のストレッチは念入りにね」

「時間があればな」

「その様子だと、できるだけ早く義手をつけた方がいいわね。当てはあるの?」

「わからないな」

 イワサキの支援が得られるかは未知数だった。

「そう……よかったらこちらで手配も装着の手術もするわ」

「機会があったら、な」

 机の上にキャッシュを置いた。

「報酬は受け取らないことにしているのだけど」

 意外な言葉――貧しい者からは受け取らなくても、これほどの腕ならスポンサーや寄付が勝手に集まるだろう。

「アタシも素寒貧ってわけじゃない。もらえるものはもらっといてくれ」

「それなら、お言葉に甘えるわ」

 医院を出ようとした――背中から声をかけられた。

「一つ、言い忘れてたけど……貴方の手術をしていたときに、気になることがあったの」

 クランの足が止まった。

「この医院の設備では満足に解析できなくて……もしよかったら、こちらで解析させてもらえないかしら?」

 クランの所属がばれるかもしれない。しかし、真実に近づく手がかりになるかもしれない。

「結果が出たら教えてくれ」

 ポケットロンの電話番号を教えた。


 熱光学迷彩を起動することはできたが、左の袖の挙動が安定しない。見る者が見れば発見はたやすい。

 千早がクランを攻撃してこなかったのは、医院が一種の中立地帯だからだ。出れば即座に攻撃にさらされる。

 壁から右半身だけ出して周囲を伺った――上空に数機のドローン。可能性――千早が監視体制を敷いた。発見次第ドローンから通報、千早の工作員達が追跡してくる手はずになっているのだろう。片腕でも雑魚を相手にするなら簡単だが、あの男がいたら話は別だ。もっと強くなって、あの男を叩き潰す。まずはイワサキへ帰らなければならない。問題は帰るルート。

 リニアのトンネル――あの一件の後では、そちらにも監視体制を敷いていると仮定するのが無難。利点――上空から見つからない。相手がいると考えられる場所を限定できる。欠点――隠れる場所がない。

 今のクランには高速で移動する手段がない。一本道のトンネルで見つかり、大型の車両に追撃されれば勝ち目がない。

 結論――地上を行く。


 ヘッドセットのセンサーを起動。周波数帯、信号フォーマットを解析――完了。今度は妨害信号を同じ信号フォーマットで送信――クランの位置や進行方向について誤った情報を与える。不安定な熱光学迷彩も、カメラを通じて上空から見れば判別は困難だろう。

 建物の外へ踏み出した。ドローンの挙動――変化なし。クランに気づかない。念には念を入れて、路地から路地へ、暗がりを進んだ。

 車を止めてある駐車場は遠い。ゆっくり動くのはじれったい。ドローンを撃ち落としてこちらの位置を知らせ、襲ってくる相手を片っ端から片付けたい衝動に駆られる――愚かな欲望。片腕を失った状態ではリスクが大きすぎる。

 壁伝いに歩いた。時折空を見上げた――相変わらずドローンが飛び回っている。一台のドローンが西へ飛んで行っては、入れ替わるように別のドローンが東へ飛んでいく。推論――扇状索敵。偵察機を扇状に飛ばして、漏れのない索敵を行おうとしている。

 しかしクランも熱光学迷彩を起動し、レーダーやセンサーの死角になる場所――壁沿いや屋根の下を選んで歩いている。ドローンがクランに気づいた様子はない。

 突然、足元で何かが破裂するような音がした――地面から噴き上がる水柱。推測――水道管の破裂。レッドエリアではインフラの整備が行き届いていない地区も多く、老朽化しても放置されていることが多い。

 水柱を見た瞬間、反対方向に距離を取った――遅かった。噴き出した水が霧雨のようになってクランの体にかかった――クランの体の輪郭が、霧雨の中に浮かび上がった。ドローンが高度を下げた。カメラがクランを見据える。恐らくは発見された。右の腕を振った。袖の中から拳銃が現れた。銃口をドローンに向けた。引き金を絞った。続けて3発。カメラとプロペラに命中した。ドローンが重量バランスを失って、空中で傾くのが見えた。

 数秒は時間を稼いだ。しかしドローンから連絡を受けて、千早の工作員が集まってくるはずだ。包囲網が完成する前に脱出しなければならない。

 走った――思うように走れない。左腕を失って、重量バランスが変わっている。舌打ちしながら、ひたすら足を動かした。


 人がすれ違うのがやっとの路地。十字路、三叉路や五叉路が狭い通路が複雑に入り組んでいる。左右には露店や住宅が並んでいるが、人影はまばらだった。以前に任務で来たことがあった――土地勘はある。ひたすら駐車場のある方角を目指して駆けた。

 センサーに反応二つ――誰かが追いかけてくる。横目で後ろを見た。黒服の男達。拳銃を持っている。走りながら拳銃を両手で構えるのが見えた。目の前に路地の角――回り込んで隠れた。一瞬遅れて銃声。銃弾が壁に跳ね返る音。男達――拳銃を撃ちながら近づいてくる。できるだけ引きつけて殲滅する。地面に身を投げ出した。引き金を絞った――一発。男が腹を押さえて倒れた。もう一発。もう一人の男が仰向けに倒れた。

 走った。路地の角から誰かが飛び出してきた――黒服の男。鼻の頭と鼻の頭がくっつきそうな近距離。センサーに反応はなかった。建物が邪魔になって、真正面や真後ろ以外の相手は捉えられない。街中では出会い頭の接近戦が発生しやすくなる。

 男が掴みかかってきた。膝の力を抜いた――クランの体が急に地面に引き寄せられた。男の腕が空を切った。男の腹に銃口を突きつけた。撃った。男が倒れた。

 反対側の路地から足音。黒服の男達が走り寄ってきた。牽制の銃撃を浴びせた。男が地面に伏せるのが見えた。弾が切れた。拳銃を投げ捨てて、走った。路地から路地へ、右へ、左へ。ジグザグに走った。走りながらサブマシンガンを取りだした。ドローンが路地の合間を縫うようにして飛んでいた。銃撃を浴びせた。ドローンが火を噴いて落ちていった。

 弾が切れた。片腕では迅速に弾倉を入れ替えることもできない。銃身を脇に挟んで、弾倉を取り出そうとした――男達が路地の前後から、クランを挟み撃ちするようにして現れた。手にナイフを持っている。銃はない――同士討ちを恐れて使っていない。弾倉を手から離して捨てて腕を振り上げた。かんざしを指で挟んで引き抜いた。正面の男に投げつけた――男が脳天から血を吹いて倒れた。

 その間に別の男が後ろから迫ってきた。ブーツのつま先から刃を出した。後ろ回し蹴りを食らわせた――男の腕から血が噴き出して、ナイフが地面に落ちた。そのナイフを拾い上げた。前屈みの姿勢から跳躍して、男の腹部に体重ごと突き刺した。男が膝から崩れ落ちた。そのナイフをひねって、切り上げた。男が血を噴いてうつ伏せに倒れた。

 まだ来る。男が飛びかかってきた。横に転がってかわした。左腕の傷口に痛みが走った。男の足をつま先の刃でなぎ払った。立ち上がった――もう一人、別の男が殴りかかってきた。体を傾けて拳をかわしながら、背中を向けて右腕で男の腕を担いだ。関節を極めながら、前のめりになった相手の力を利用して投げ飛ばした。男が背中から叩き付けられた。

 男達――不要な声を出さず、悲鳴もあげなかった。相当に訓練されている。

 住人――出てくる様子はない。窓や扉を閉ざして、騒ぎが収まるのをじっと待っている。

 今の戦闘でクランも相当の返り血を浴びた。熱光学迷彩がこれで使えなくなった。弾丸も残り少ない。

 男が動かなくなったのを目で確かめて、走った。

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