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赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第2章 愚かな酷評者
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第4節「この借りは返す、絶対にだ!」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。

 完全な止血は無理だった。傷口からなお血がしたたり落ちている。地面に血溜まりができている。激痛が続いている。

 治療――闇医者に頼るしかない。アーガスの話――信用できるという評判。しかし保証はない。医者だと思って信用していたら臓器の密売業者と裏でつながっていた、ストリートにはそんな噂が当たり前のように流れている。

 信じていいのか――愚かな迷い。クランの周りには信用できる相手などいない。それでも時には誰かを利用し、誰かを頼った。そうするしかなかった。生き延びるために、真実に近づくために。今度もそうするしかない――雪辱を果たすために。あの男への復讐を果たすために。

 体を引きずるようにして、肩で息をしながら階段を上った。呼吸が荒くなっている。重心が右に偏ってうまく歩けない。たった数フロア上るだけなのに、遠く感じられた。それでも歩き続けた。歯を食いしばって激痛に耐えた。頭上に光が見えた。地上に出て、辺りを見回した。闇医者が入っているという建物が目に入った。地面に血の跡ができるのも構わず、歩いた。右肩で扉を押しのけて、転がり込むようにしながら医院へ入った。女医らしき女がクランに気づいて、視線を向けてきた。

「ひどい怪我……」

 言葉の割に、女医の顔に動揺は浮かんでいなかった。この手の重傷も見慣れているのだろう。

「治療を……頼む……」

「それ以上動かないで」

 女医は助手を呼び寄せてクランを抱きかかえると、台の上まで静かに運んで、載せた。

「貴方、見かけない顔ね。本当は紹介状が欲しいのだけど」

「アーガスの……知り合いだ……」

 アーガス――相当顔が広いとみていい。この女医がそれなりの有名人なら、アーガスの名を知っているかも知れない。

「あら、貴方もなの?」

 女医は慣れた手つきで素早く痛み止めを打った。腕の根元にきつくバンドを巻き、止血処置を施した。出血がある程度治まると、傷口を消毒した。

「その分ではだいぶ血を失ってるわね。輸血の必要があるけど……貴方、血液型は?」

 答えてやった。

「念のため採血して一致するか確かめるわよ」

 女医は注射器を差し込んで、血を抜いた。

「ところで、この時間に約束をしていた人がまだ来ないんだけど、貴方何か知らない?」

「死んだよ。アタシと戦って」

「そう……」

 女医は少し目を伏せただけで、すぐ仕事に戻った。相手の事情には深入りしない。余計な詮索はしない。それがストリートのルールだ。

「その傷は、彼らに?」

「違う。別の男だ」

 激痛が鈍い痛みに変わってきた。しかし体が重い。全身の筋肉が痛い。疲れが襲ってきた。

「とりあえず傷口を塞がなければならないわ。全身麻酔が必要ね。本当はいろいろな検査が必要なんだけど……」

「そんな悠長なことは言ってられない、だろ?」

「そのとおり。切断部はすぐに手当てしないと、傷口から感染を招いて命に関わることがあるわ。貴方の様子だと、骨を少し縮めて、肉を縫い合わせる処置がいるわね」

 ここで死にたくはなかった。真実を見つけるまでは。あの男を壊すまでは。 

「やってくれ」

「わかったわ。念のため、治療中の歯がないかだけ聞かせて」

「ねえよ」

 一日2回の歯磨きだけは欠かしていない。

「それはよかった。呼吸用のチューブを渡すから、噛んでちょうだい」

 女医がチューブらしきものを差し出してきた。口にくわえて、噛んだ。

 何か針のような物を刺される感触があった。

「ちく、しょう……」

 口の中でつぶやいた――意識がなくなった。暗闇に落ちる直前、あの男の顔が浮かんだ。


 暗闇。クランは戦っていた。あの男と。銃撃――当たらない。撃っても撃っても当たらない。男の笑い声が響く。いつの間にか、左腕に単分子ワイヤが絡みついていた。血しぶきが噴き出す。激痛が走る。切り落とされた腕が宙を舞う――。


 天井らしきものが目の中に飛び込んできた。ぼやけていた視界がゆっくりと像を結んだ。他の五感も戻ってきた。

 口元に感触――酸素マスクをかぶせられていた。 

 背中に感触――ベッドに寝かされていた。ベッドの周りには白いカーテン。

 思考――まとまらない。全身麻酔のおかげで頭の働きが鈍い。

 服――手術用の貫頭衣に変えられていた。

 右腕――点滴用のチューブが刺さっていた。

 左腕――肘から下、腕がのあるはずの場所、貫頭衣袖がしぼんでいた。袖をまくり上げた。肘から下がなかった。傷口に包帯が巻かれていた。

 肘から下に痛みを感じた――存在しないはずの左手。それなのに、痛みを感じる。

 ベッドから上半身を起こした。体が重い。まだ体力が回復していない。左腕の傷口に痛みが走る。

 左手があったはずの場所を見つめた――右手でわしづかみにした。血の出るほど、歯が砕けるほど奥歯を噛みしめた。体中の血が沸騰するような怒り。脳裏のあの男の顔が浮かんだ。心の中で叫んだ――この借りは返す、絶対にだ!

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