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赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第2章 愚かな酷評者
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第2節「代えの利かないものなど存在しないのですよ」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。


 熱光学迷彩を解除して、サブマシンガンを構えながら着弾点付近に近づいた。3人の男がうつ伏せに倒れているのが見える。背中は煤け、弾丸の破片が突き刺さっている者もいる。相当な衝撃で地面に叩き付けられたはずだ。

 男――わずかに指先が動いているのが見えた。後の二人――動かない。銃を突きつけながら、蹴りを入れて起こしてやった。男がクランを見上げた。

「お前……は?」

「クラン・カーラだよ。覚えてるか?」

 男の目が、ようやくクランの姿を捉えたようだった。

「……お前か」

「なんでこんな真似をしやがった?」

 裏切り者は地獄の底まで追いかけられる。それが工作員のルール。

「俺達には、もう、イワサキに居場所はないからな……」

「どういうことだ?」

 男は自嘲気味に笑って、言った。

「知らない方が、幸せだと思うぜ。知ってしまえば、お前も俺達のようになるぞ……」

「その情報を誰かに売り飛ばすつもりだったのか?」

 違う角度から質問を投げつける。

「企業秘密だからな。他の会社にしてみれば、大金を積んででも欲しがるだろうよ」

「初めから情報を盗むつもりだったのか?」

「違う。知ってしまったんだ、偶然な」

 知ってしまっただけで裏切り者として追われる――危険度は最高クラス。

「どうやって知ったんだ?」

 畳みかけようとした――返事はなかった。男の目にはもう何も見えていないようだった。男はほくそ笑んで、つぶやいた。

「無知は、哀れだ……」

 なんだと? 心臓が早鐘のごとく高鳴り始めた。

「どういうことだ? もっと詳しく――」

 男を抱き起こして揺さぶった。返事はなかった。首筋に指を当てた――脈もなかった。事切れていた。

 男をそっと床に横たえて、立ち上がった。少しだけ、わかった――男が知ってしまったのはクランに関すること。真実の一端。

 センサーに微弱な反応。虫やネズミと勘違いしそうなくらい小さな――頭の中で危険信号ががなり立てた。床に転がりながら距離を取った――一瞬遅れて、何かがクランの頭上を凄まじい速さで駆け抜けていった。赤い髪の毛が幾筋か宙を舞った――何かに切られた。わずかに見えた――極細の糸状の物体。トンネルの奥から伸びてきて、クランの頭上をなぎ払った。

 正体――単分子ワイヤ。高い強度を誇り、あらゆる物質を切り裂く。軽量かつ伸縮自在で、携行に適する。企業の非合法工作員の定番装備。

 レーダーには反応なし。クランに察知されることなくここまで接近した――相当な腕前の持ち主。または、レーダーをかいくぐれる装備の持ち主。該当する人間は限られる。恐らくは――千早重工後方処理課第三班。

 ワイヤが巻き取られていくと同時に、声がした。

「おやおや、ランデヴー前に全滅ですか。待ち合わせ時間まではいてもらわないと困りますねえ」

 トンネルの奥を見た。声の主らしき男が現れた――やや伸びた黒髪、ミラーシェード、黒いスーツ。典型的なクグツの姿。端正な顔立ち。しかし年齢がはっきりしない。恐らくは20代だろうが、10代後半にも見える。

 男の姿を目にした瞬間、クランの直感が何かを告げた――こいつは敵だと。クランとは決定的に何かが違うと。

「テメエ、人の髪の毛勝手に切っといて挨拶もなしかよ?」

 怒りが膨れ上がる――声も自ずと唸るように低くなった。男は大げさに両手を広げた。

「任務中に何を心配しているのです? 髪が乱れるのがいやなら工作員などやらなければよろしい」

 芝居がかった仕草、慇懃無礼な口調。

「だいたいなんですか、その格好は? 工作員の任務をコスプレイベントか何かと勘違いしていらっしゃる」

「テメエの口三味線に付き合う義理はねえよ!」

「ああ、何をそんなに怒っているのやら。髪の数本切られたことがそんなに癇に障りましたか。全くもって理解できない。よろしいですか? 代えの利かないものなど存在しないのですよ」

 代えの利かないものなど存在しない――その言葉を聞いたとき、クランの中で何かが切れる音がした。

 袴の下からサブマシンガンを取りだした。両手に一丁ずつ。左右に弾をばらまいた。男がホームの陰に隠れるのが見えた。

「なかなか物騒な武器をお持ちですね。ですが当たらなければただの無駄弾です。ああ、どれだけ経費の無駄遣いになることやら」

「そうかい。じゃあ、ぶち込んでやるから待ってろ!」

 クランがいる場所からホームの陰は死角になっている。線路を斜めに横切るようにして走った。射線が通る場所を確保する。上下左右に牽制射撃を加えた。辺り一面を制圧して逃げ場所を塞ぐ。

 クランが両手を広げるように二丁のサブマシンガンを向けた。左右に弾をばらまいた。銃弾がホームドアを貫き、レールに跳ね返って火花が散った。弾を連射するスタッカートがトンネル内にこだました。ヘッドセットの遮音機能を全開にしても、消しきれないほどの音響。

 物陰から単分子ワイヤが飛び出して、トンネル上方の鋼体電車線――鋼材を直接トロリ線とした架線――に巻き付いた。男が物陰から飛び出した――ワイヤを巻き取る力を利用して、高速で天井へと飛び上がっていく。ぶら下がりながら男が叫んだ。

「さすがに銃器の使い方は心得ていらっしゃる。ですが二本の手で上下左右すべてをカバーすることはできません。ましてや貴方は音を立てずに私の動きを探らなければいけなかったんですよ? それを銃の乱射で聴音機器を役立たずにするなどと、何を考えているのですか?」

「うるせえ!!」

 冷静さが失われていく――わかっていても、衝動を抑えられない。

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