07
「やっぱり、お見合いより先にヒルデには直すべきものがあるな」
ヒルデはテーブルを挟んでレイヴンと向き合っていた。
二人の間には、開かれたヒルデの釣書。ヒルデはそれを手に取った。
「直すべきものは……釣書?」
「そうだ。色々調べたんだけど、やっぱりまずは始まりからだ」
相談所に登録した釣書は相性演算装置という魔道具によってマッチングされ、双方が承諾した場合だけお見合いに進める。
始まりというのは大切だ。しかしヒルデは、いまいちピンとこないまま首を傾げた。
「釣書のどこを直すんだ?ここに載っているのは全て嘘偽りのない私の情報だから、直しようがないぞ?」
「ほんとにそう思ってる?」
レイヴンは驚きを通り越して呆れ顔だった。
「ほら、姿絵だよ」
「え、姿絵?姿絵なんてこんなものなんじゃないのか?」
どん、どん、どどん。
レイヴンがいきなり本を積み上げたので、ヒルデの目の前にあっという間に小山ができた。
『婚活戦略書』『人族婚活完全指南』『淑女のための婚約成立術』『相性演算装置の演算規則についての考察』『全種族版 婚活の統計』……
レイヴンが持参の皮袋から出してきたのは、婚活について書かれた本。どれも辞典のように分厚く、仰々しい表紙だった。
畳み掛けるように『婚活戦略書』という本の一頁を広げたレイヴンは、姿絵について書かれた頁を見せてくれた。
「普通の女性の姿絵は、これくらいの水準で描かれてる」
「えっ!」
本に載っていた見本の姿絵は、眩いばかりに鮮やかな瞳、髪は毛の一本一本まで鮮明でツヤツヤで、肌のキメまで細かく丁寧に描かれている。
それに比べてヒルデの姿絵は、雑な輪郭で太って見えるのは愛嬌として、ヒルデに似ているといえば似ていなくもないようなどこにでもいそうな顔だし、額の傷も線一本だ。
「こんな絵、誰が描いたんだよ」
「描いてくれたのは、結婚相談所が紹介してくれた本職の姿絵師の方だな。訪問した時、かなり行列になっていて忙しそうではあったが」
「ちゃんと仕事してないな……。いいか、女性は特に姿絵に気をつけた方がいいらしい。統計を見ても、姿絵でお見合いするかしないか決めている男はかなり多いんだよ」
「そうなのか。私が見てきた男性の釣書は、大抵私と似たような姿絵ばかりだったから、気にしていなかったな」
レイヴンが数字がびっしり描かれた別の本を見せてくれ、ヒルデはお茶をごくんと飲みこんだ。
「しかし、よくこんなに本を読む時間があったな。君は激務なのに」
「別に、俺は本読むのは得意だから。大したことじゃないよ」
そういえばレイヴンは以前、嘘か誠か「熟睡ができないから、眠りながら本も読める」なんて言っていたことがあった気がする。
本一冊読むのに一週間かかるヒルデとは大違いだ。
「とにかく。話を戻すと、この絵を見て不細工が来ると思ってたのに、そうじゃないのが来たらびっくりするだろ。ヒルデはそのままがいいって言ってくれるやつと結婚したいんだから、本人と違う絵じゃだめだろ」
「たしかに……その通りだ」
恋愛の経験すらないヒルデ一人の頭だけでぐるぐると考えていた時期には全く見えていなかったことが、どんどんと出てくる。
情けなく恥ずかしい気持ちもありつつ、的確な意見をくれる幼馴染がいることを光栄に思った。
「レイヴンは本当にいつも私を助けてくれるな。私一人だったら、永遠にお見合いの受け答え指南を読み続けていたかもしれない。ありがとう」
「なんだよいきなり」
「いや、感謝は伝えないといけないと思ってな」
「はー……いちいちそういうのいいよ」
レイヴンは珈琲が入ったカップを持ち上げ、憂鬱そうに啜った。
湯気が目に熱いのか、目を猫のように細めている。彼は幼い時から、熱い飲み物を熱いまま少しずつ飲むのが好きだ。
子供の頃のヒルデは、熱い飲み物が好きだなんて、自分の幼馴染は同い年なのに随分と大人っぽいなあと思っていた。それは大人になってからも変わらない。
そうしてレイヴンが飲み物を飲んでいるのを眺めつつ、ヒルデは立ち上がった。
「よし。そうと決まればこれから姿絵を描き直してくる。珈琲はあそこにおかわりがあるから、好きなだけ飲んでいいからな。それで、鍵はいつものところにあるから出る時は適当に頼む」
「あ、こら待て走り出すな」
レイヴンに手を掴まれて、ヒルデは急停止した。
「どうした?食べ物も欲しいか?パンなら戸棚にあるぞ」
「違うって。絵師、誰に頼むつもりだよ」
「結婚相談所に行って、次は絵師の方を紹介してもらってこようと思う。大行列じゃない方を」
「それじゃ人気ないやつを紹介されるだけかもしれないだろ」
じゃあ街で聞き込みでもするか?と首を捻ると、レイヴンが「任せろ」と言ってきた。
「どうするつもりだ?」
「あの手を使う」
「まさか」
珈琲を飲み終わったレイヴンと外を歩きながら、ヒルデは「やっぱりか」と唸った。
「姿絵師については女神に聞けば、評判のいい絵師の一人や二人教えてくれるだろ」
「やはりまた女神様か」
レイヴンの言う女神とは、彼に加護を与えている女神エリシュアのことだ。
女神エリシュアはこの王国エルグランの地域に坐す女神で、加護持ちの王国男性といえば大抵彼女から加護を貰っていることになる。
「レイヴンはいつもそれをやるが、エリシュア様の神託をそんなことのために使って良いのか?」
「いいんだよ。逆にあの女神の神託なんて、店の評判聞くくらいにしか使えないし」
この大陸で神託というのは、祈りを通じて自分に加護を与えてくれた神と話すことを指す。しかし仰々しいばかりではなくて、神のご機嫌次第では雑談だって出来てしまう。
レイヴンは勇者の旅中も、どうでもいい情報を得るためだけに頻繁に女神に祈っていた。ある時はその街中のパン屋の口コミ、ある時は周辺の宿の検索、またある時は目当ての料理屋の評価などなど。本当にとんでもない神官だ。
「レイヴンは女神様を便利屋のように使い倒しているのに、なぜ嫌われないのだろうな」
「さあ。あの女神が変態だからだろ」
加護を切望していた者や、弱い加護しか持っていない者たちに女神の悪口を聞かれたら、恨みを買って背後から殴られたりしそうで少し心配だ。
ヒルデの言いたいことは分かったらしいが、レイヴンは涼しい顔をしていた。
「それこそ加護あるし大丈夫だろ」
自分のことになると、いつもどうでもよさそうにするレイヴンに文句を言いつつ、ひとまずの目的地は決まった。
二人はそのまま王都一の繁華街を抜けて、巨大な広場の先の中央大神殿へと入っていく。
王国で一番大きな神殿であり、王国の聖女がいる。神官であるレイヴンの勤め先でもある。
神殿の門をくぐり、広い庭の一本道を本殿に向かって進む。
歩きながら姿絵についてレイヴンと話していると、前から足が悪そうなお爺さんがやってきた。小さな背中にやけに大きな荷物袋を担いでいる。祈りを捧げた後の信奉者だろうか。
見ていると、自然と目があった。
「こんにちは、お爺さん。ところでその荷物、重くないか?持とうか?」
「ありがとう。しかしこの土付きの荷物は、そんな綺麗な服のお嬢さんには持たせられんのう」
ちなみに、今のヒルデは先日購入した洋服を着ている。お爺さんにはそれで遠慮させてしまったようだ。
「服は洗うから大丈夫だぞ」
「ほっほ、じゃが気遣い無用じゃ。そもそも、わしはこの大荷物にも慣れとるから大丈夫じゃよ。庭師の道具袋なんじゃ」
「あ、仕事道具なら慣れもするか。いきなり声をかけてすまなかったな。頑張ってくれ」
お爺さんはにっこりと笑って頷いた。しかし去っていくかと思いきや、彼はヒルデの隣のレイヴンにも声をかけた。彼は神殿の庭の一部を担当している庭師のようだし、レイヴンとは知らない間柄ではないのだろう。
「大司教補佐様もこんにちは」
「別にいちいち挨拶なんていいですよ。今日は大司教補佐としてここにきてるわけじゃないですし」
「心得ておるよ。でも、今日は良いお天気でよかったのう。まさにデート日和じゃ」
「は?」
「ほっほっ、大司教補佐様が仕事の話をしていないなんて、聖女様以外に珍しいもんで」
「こいつはただの幼馴染なので、逆に仕事の話はしないですよ」
「ほっほっ、それじゃ、お邪魔なジジイはもう行くわい。神々の祝福がありますように」
「はいはい、神々の祝福がありますように」
庭師のお爺さんは終始笑顔のまま、レイヴンにぺこりと頭を下げて、まっすぐな道を目的の生垣に向かって進んでいった。
ヒルデは彼の後ろ姿を見ながら、ふとレイヴンに話しかけた。
「つかぬ事をお伺いしてもいいか、レイヴン?」
「なんだよ」
「レイヴンは聖女様とデートしているのか?」
「は?なんでそうなるんだよ」
「いや、さっきお爺さんが『大司教補佐様が仕事の話をしていないなんて』と言っていたじゃないか」
「聖女とは神官学校で一緒だったから、そういう話してるとこたまたま見られたんだろ」
ふむ、とヒルデはレイヴンを見つめた。
「気になるの?」
「聖女様と仲良く話せて羨ましいなと思ったんだ」
「あっそ」




